連載 転職市場がより広がる今、キャリア入社組の活躍を阻むコミュニケーション不全とは 01/02/甲南大学 経営学部 教授 尾形真実哉氏

終身雇用に代表される日本的な雇用慣行が崩れつつある今、自身のキャリアに応じて複数の企業を渡り歩くのも珍しくなくなってきた。ただし、企業にはそれぞれ固有の企業風土や暗黙知が存在する。特に仕事の進め方や関係者との距離の取り方などは、キャリア入社する社員にとって、前の会社で培ってきた職務経験が通用しにくい領域だ。

この領域にどう適応していくのか。その成否が、キャリア入社した社員の活躍を左右するとも言える。一般的には即戦力として扱われるキャリア入社だが、企業主導の教育やフォローなしに、組織固有の領域になじんでパフォーマンスを発揮するのは難しいだろう。

キャリア入社する社員が組織になじむのを阻んでいる要因と、その解決策について、就業者の組織への適応と、適応を促進するための組織について研究している甲南大学経営学部教授の尾形真実哉氏に話を聞いた。

甲南大学 経営学部 教授 尾形真実哉氏

甲南大学 経営学部 教授
尾形真実哉氏
2007年、神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了、博士(経営学)取得。2007年、甲南大学経営学部経営学科専任講師。2009年、同大学経営学部准教授。2015年、同大学経営学部教授。専門分野は、組織行動論、経営組織論。主な著書に『組織になじませる力ーオンボーディングが新卒・中途の離職を防ぐ』(アルク)、『若年就業者の組織適応ーリアリティ・ショックからの成長』(白桃書房)、『中途採用人材を活かすマネジメントー転職者の組織再適応を促進するために』(生産性出版)などがある。

企業が転職市場で抱く「キャリア入社人材=即戦力」という錯覚

甲南大学 経営学部 教授 尾形真実哉教授

——尾形先生が研究されている「組織になじむ力」とは、どのようなものでしょうか。

私の専門は組織行動論です。特に、新しく入社した社員が組織に適応するプロセスを指す「組織社会化」について研究しています。そのプロセスにおいて大切になってくるのが、オンボーディング(新しく入社した社員が組織になじんで早期に活躍できるようにするための取り組み)であり、「組織になじむ力(なじませる力)」とも言えます。

研究では、企業や当事者へのヒアリングやアンケートなどを継続的に行い、国内における組織社会化の実態なども調査しています。見えてくるのは、新卒社員の組織社会化については、大小の課題はありつつも、どの企業も採用、研修、配属後の育成まで力を入れて行っているということ。私からしたら「やり過ぎでは?」と感じるほど丁寧な企業もあります。

一方、キャリア入社した社員の組織社会化を“丁寧に”フォローしている企業は限られている印象です。調査でも不十分と認識している人事担当が少なくありませんでした。2020年に、民間企業と協力してキャリア採用を行う企業400社超を対象にアンケートを実施しました。すると、キャリア入社した社員の組織社会化を目指し、オンボーディングに力を入れていると言える企業は半数に届きませんでした(※1、2)。

参考文献
※1 『組織になじませる力―オンボーディングが新卒・中途の離職を防ぐ』(アルク)30ページ参照
※2 『中途採用人材を活かすマネジメントー転職者の組織再適応を促進するために』(生産性出版)156ページ参照

——キャリア採用が一般化した状況を踏まえると、キャリア入社した社員をどう組織になじませるかは喫緊の企業課題とも言えますね。

今や多くの企業がキャリア採用を実施しています。かつては退職者が出たときに補充する程度だった大手においても、通年で実施する企業が増えてきました。従来の日本的な雇用慣行が崩れ、終身雇用が当たり前ではなくなり、キャリアの選択肢が増えつつあります。

さらに、日本は労働人口の減少が叫ばれて久しく、人材の獲得競争は激化しています。同時に、働き手の主体的なキャリア形成意識も高まっており、転職市場のますますの活性化が見込まれるでしょう。

ただし、企業も求職者も「入社がゴール」になっているきらいがあります。そのため、キャリア入社した社員が組織にうまくなじめないといった問題が生じています。

当事者や企業が当初思い描いていたような活躍につながらなければ、働く意欲は低下し、不用意に転職を繰り返してキャリアが積み上がらない危険性すらあります。企業側には、採用にかけたコストを十分回収できない、人材の定着に失敗すれば再び採用コストが発生するといった問題があるでしょう。このようなことを避けるためにも、キャリア入社した社員を組織になじませることが重要なのです。

——現状、なぜキャリア入社した社員の組織社会化対策は手薄なのでしょうか。

長年続いてきた新卒一括採用と終身雇用が尾を引くなかで、転職が日本社会に浸透したのは、ここ20年ほどのことです。1990年代前半のバブル崩壊で、リストラや新卒採用の見送りを進めたことが人材不足を招き、その解消のために「即戦力」を求めたのが日本の転職市場活性化の背景にあります。

この文脈から透けて見えるのは、キャリア入社した社員は仕事に必要なスキルや経験を持ち合わせており、新卒のように研修や丁寧なオン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)をせずとも活躍してくれる“はず”という企業側の本音ではないでしょうか。あるいは、即戦力だから大丈夫だろうと見て見ぬふりをし続けてきた20年なのかもしれません。講演会で「キャリア入社した社員にこそ丁寧な教育が必要だ」と述べると、経営者たちは一様に驚きます。

しかし、企業のキャリア採用が成熟していくなかで、また、労働力不足が顕在化したなかで、即戦力だから大丈夫だろうとも言っていられなくなりました。キャリア入社であっても、新しい環境になじみ、仕事で成果を出すためには、教育やフォローが必要だと企業も気付き始めたのです。

キャリア入社の社員が苦しむ、人脈と成果におけるジレンマ

尾形教授のインタビューカット

——尾形先生は、どうしてキャリア入社した社員こそ教育が必要だと思われるのでしょうか。

キャリア入社した社員が、当初期待していたほど活躍できていないということは珍しくありません。希望を持って新天地を選んだ当事者にとっても辛いことです。ただ、原因はシンプルで、企業側のサポートが不足しているからに過ぎません。

仕事を進めるにあたっては、どうしても企業固有のナレッジに対する理解や人脈が重要になります。ところが、キャリア入社した社員は「同じような経験がある」だけであって、新しい会社の「具体的なこと」はほぼわからない。もちろん、自分の仕事に関係する部署や人間関係も把握していないでしょう。

例えば営業であれば、成約に至るまでの展開が前職とまったく同じになることはなく、成約に至るまでの関係者とのやりとりなども、各企業の組織文化が深く影響するものです。極端な話でいうと、社内で取り交わされる会話すらついていけないかもしれない。そのような立場の社員に、入社してすぐ成果を挙げろというのはもともと無理な話ではないでしょうか。

——とはいえ、「わからないことがあれば何でも聞いて」と言われていると思います。

本当に何でも聞ける環境にあるのでしょうか。入社から1〜2週目こそ遠慮なく質問できるかもしれませんが、時間が経てば経つほど聞きづらくなります。「こんなことも知らないの?」と思われたら嫌だなという恐れから、萎縮したり消極的になったりする当事者もいるでしょう。

さらに、加速度的に普及したリモートワーク下においては相手の状況が見えにくく、ちょっとした相談のために相手の時間を取ることに躊躇するケースは珍しくありません。既存社員も、新卒ならともかく、キャリア入社した社員を相手にどこまで手間をかければいいのか迷うはずです。

——現場の当事者任せでは、コミュニケーション不全が起こってしまうのですね。

そうですね。また、既存社員のなかには、キャリア入社した社員に対するライバル意識が多少芽生える人もいます。それがよい結果につながることもある一方で、情報を出し惜しむようなことも起こり得ます。

ただ、大半の人に悪気はなく、どう接したらいいかわからず遠慮してしまうのが実態ではないでしょうか。経験豊富なキャリア入社の社員に、自分から教えにいってもいいものだろうか、余計なおせっかいではないだろうかと考えてしまう心理的障壁が生じているのです。

これらが大きな誤解で、ちょっとした意思疎通が取れない、もしくは省いてしまうといったことが積み重なると、キャリア入社した社員を孤立させてしまいます。その結果、力の出しどころが噛み合わず、組織も本人も望ましくない状況に陥ってしまうのです。

私たちの調査(※3)を経て見えてきたのは、キャリア入社した社員が抱えるジレンマの存在です。即戦力を期待されて入社した以上、早く成果を出す必要があります。しかし、仕事を成功させるには社内での人脈や信頼関係を構築しなければいけません。けれども、人脈や信頼は時間をかけて徐々に積み上げていくものですし、成果によって得られるものでもあります。

ここに因果関係の“ねじれ”が生じ、「早く成果を出したいが、時間をかけて積み上げる人脈や信頼がない。人脈や信頼を構築したいが、そのために必要な成果が出ない」というジレンマに陥ってしまうのです。

参考文献
※3 『中途採用人材を活かすマネジメント―転職者の組織再適応を促進するために』(生産性出版)49ページ参照

キャリア入社者が新たな環境になじむためのアンラーニングと教育

キャリア入社者のアンラーニングについて語る、尾形教授

——人脈作りなどは、勝手を知らない新卒社員の方が意外と器用にこなしますよね。

そのとおりだと思います。既存社員も若い新卒には世話を焼きたくなりますし、新卒社員は社会経験がないため先入観に縛られることもありません。まさに真っ白な状態で、人脈作りに限らず学んだことも吸収しやすい。企業側から見ると、キャリア入社した社員に比べて育成しやすいのです。

一方、キャリア入社した社員はこれまでのキャリアに染まった状態でやってきます。色がついている社員を自社の色に染め直すことが難しいのは、想像に難くありません。さらに、企業側も「これまでの経験を活かしてほしい」と声をかけがちです。それ自体は期待を示すうえで悪いことではありません。ただ、意味を履き違えると、前職でのやり方に固執したり違いを受け入れられなかったりと、組織になじむことから遠ざかってしまいます。

そこで大事になってくるのは、一度「色を抜く」プロセス、つまりアンラーニングです。経験者であることをいったん手放し、今の環境に適応できるよう働きかけます。転職の当事者が自発的にできれば理想ですが、それは難しいと思います。企業側が手を貸さない限りなかなかできることではありません。

アンラーニングが済んだら、今度は自社で活躍するのに不可欠な要素をインストールする必要があります。すなわち教育ですよね。キャリア入社した社員はスキルも経験も十分だからとは考えず、新卒に比べて「多少早く成果を出せる人材」と捉えて接するのが、結果的によい方向に向かうのではないでしょうか。

——その際、企業側にはどのような動きや意識が求められるのでしょうか。

人事部門が直接できることは限られるため、キャリア入社した社員が組織になじめるか否かは、配属先の職場(現場)にかかってきます。そして、現場の人たちは、経営層の影響を強く受けることが多い。経営層が「オンボーディングに力を入れる」と決めてメッセージを発信すれば、現場の施策にも反映できます。

キャリア入社した社員のフォローが手厚い企業を調査したとき、既存社員はそろって「トップが推進しているから」と話していたのが印象的でした。経営層が姿勢を示せば、現場の意識は確実に変わります。人事部門も格段に動きやすくなるでしょう。逆に、経営層が「経験があるんだから教育など必要ない」という態度では、何もできなくなってしまいます。

そのためには当事者の声を拾って経営層に届けることが有効だと考えます。私たちの調査でも、キャリア入社した社員のほとんどが、会社側からのヒアリングや意見交換を求めていました。他社の環境を知るだけに思うことはたくさんあるはずです。

キャリア入社した社員が組織の一員として力を発揮することができるまでに、何に苦心し、既存社員のどういう働きかけが役立ったのか。彼らのなかに眠る本音を汲み取り、施策に活かす必要性を、経営層や人事部門はあらためて考えてみてはいかがでしょうか

※ 続く後編では、経営層に加え人事部門の施策や既存社員の姿勢など、キャリア入社した社員がなじめるようにする組織のあり方について、引き続き尾形先生に伺いました。

この連載の記事一覧

  1. 転職市場がより広がる今、キャリア入社組の活躍を阻むコミュニケーション不全とは
  2. 企業が持続的成長を実現するために欠かせない、人を「組織になじませる力」