職場に子どもを連れて出勤し、事業所内保育所に預けたりして子どもの面倒を見ながら働く「子連れ出勤」は、乳幼児を抱える家庭にとってはうれしい仕組みですが、様々なハードルがあり、実現できている企業は多くないのが現状です。実施するためには、どのような課題があり、どういったことに注意すべきなのか、社会保険労務士法人シグナル代表の社会保険労務士・有馬美帆さんにお聞きました。
子連れ出勤を実施するかどうかは企業の判断
――「子連れ出勤」は法律に定められた労働形態なのでしょうか?
子連れ出勤について法的な定義は存在しません。そのため、ここでは「親が子どもを連れて出勤すること」と定義しておきます。また、子どもが何歳から何歳までかということも定義がないのですが、義務教育前、つまり0~5歳児くらいまでを対象とするのが妥当なところかと思われます。
労働基準法を見てみると、子連れ出勤を想定している条文として挙げられるのが第67条1項です。ただ、ここには「生後満1年に達しない生児を育てる女性は、第34条の休憩時間のほか、一日2回各々少なくとも30分、その生児を育てるための時間を請求することができる」という育児時間の定めはありますが、休憩時間と育児時間以外の場面で「子ども」をどうすべきかについては、特に定めはありません。そのため、子連れ出勤に関しては、現時点では各企業の個別の判断に委ねられていることになります。
――国は、子連れ出勤に対してどのような姿勢を示していますか?
2019年に、宮腰光寛少子化担当大臣(当時)が、子連れ出勤を20年以上前から実施している授乳服メーカーを視察しました。その上で、子連れ出勤の促進支援策として先進的な取り組みをする自治体に対して、地域少子化対策重点推進交付金の補助率を引き上げるとしたことが話題になりました。ところが、これについては歓迎の意見だけでなく、かなりの反発の意見が上がりました。その理由は様々ありますが、現実的な導入可能性が低いことや、男性の子育て参加が少ない現状では、子連れ出勤をするのは実質女性だけになってしまうという懸念などが主な理由といえます。
――反対の声も多いとのことですが、子育て中の従業員にとってはメリットも大きいのではないでしょうか?
子連れ出勤のメリットは、いうまでもなく子育てをする労働者のワーク・ライフ・バランスに資することです。何らかの事情で子どもを保育園に預けられず、家族に助けてもらうこともできない場合には、とても助かることでしょう。
しかし、それを実現するには子連れ出勤を受け入れる側のサポート体制が必要となります。事業所内保育所を設ける企業も増えつつありますが、現実的にはそのようなサポート体制を取れる企業はどうしても大企業に限られてしまっているのが現状です。
実施するためには、安全面など様々な配慮が必要
――もし中小企業で取り入れる場合には、どのような環境整備や対応が可能でしょうか?
実現性を考えれば、安全面での配慮がしやすい1歳半頃までに限定するのが妥当だと思います。その場合、たとえば「通勤時間帯の配慮」「授乳やおむつ交換などができる環境の確保」「子どもの手が届くところに危険なものを置かない」などの対応ができれば、子どもの安全面での問題はある程度クリアできるかと思います。
ただ、それだけではなく子どもの泣き声や急病への対応も必要です。実現を考えるのであれば、職場の構造やスペースに応じて、ケースバイケースで検討していくことになると思います。
――子連れ出勤にはどのような注意が必要でしょうか。
まず「同じ立場の労働者は同じように扱わなければならない」という、憲法にも規定されている平等の原則との関連です。ある労働者に子連れ出勤を認めた場合は、同様の事情を抱える労働者にも同じ扱いをしなければならなくなります。これは同一労働同一賃金との関係でも問題になる可能性がありますので、企業として場当たり的な導入は避けるべきです。
また、何歳までを認めるかについても慎重な検討が必要です。前述の授乳服メーカーでは、子どもの年齢を1歳半までとしています。これは、子どもが歩けるようになると外に飛び出してしまうなど、不測の事態が起きかねないからだそうです。
子連れ出勤を認めるということは、企業がその子どもの安全確保に一定の責任を追うことになります。さらに、事業所内保育所のような専用の施設がない場合には、職場の他の労働者に迷惑をかけてしまう可能性もあります。
実現可能性は低いものの今後、議論が進む可能性も
――子連れ出勤を実施するには難しい点がいくつもあるということですね。
このように、子連れ出勤の導入には様々なハードルが待ち受けています。しかも2020年になって新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う問題が起きてしまい、感染防止やテレワークの普及などからも議論を停滞させてしまっています。さらに、2022年には、育児・介護休業法が改正され、男性の育児休業促進策の一つとなる出生時育児休業制度が新設されるなど育児休業が取得しやすくなる予定です。当面は子連れ出勤よりも、育児休業制度やテレワークの利用促進の方が多くの企業にとっての現実的な対応といえるかもしれません。
とはいえ今後、仕事と子育ての両立支援について社会の認知度が高まれば、子連れ出勤の導入を本格的に検討する企業が出てくる可能性もあります。そうなったときには、子連れ出勤を男女ともに可能にすべきだという視点を忘れず、規模に関係なく必要な企業での実現可能性が高まるような議論が進むことを期待しています。
※記事内で取り上げた法令は2021年11月時点のものです。
<取材先>
社会保険労務士法人シグナル 代表 有馬美帆さん
IPO支援、労使トラブル予防・相談、就業規則作成、ハラスメント防止、各種セミナー講師、執筆など多岐にわたって活動。企業の成長フェーズに応じ、一歩先回りした提案で組織力の向上を加速させるコンサルティングを得意としている。
TEXT:岡崎彩子
EDITING:Indeed Japan +笹田理恵+ ノオト