連載 電通天野彬氏に訊く、オウンドメディアリクルーティングにおけるSNS活用メソッド 02/02 こちらを向く株式会社電通 電通メディアイノベーションラボ主任研究員 天野彬氏と冒険社プラコレ編集部 執行役員 編集長 武藤みなみ氏と冒険社プラコレ Wand 執行役員 打訳美由氏

採用×SNSというテーマで、理論と実践の両面からオウンドメディアリクルーティングを深堀りしていく本企画。

前編では、SNSやショートムービーを活用した採用・企業ブランディングの現在を、株式会社電通 電通メディアイノベーションラボ 主任研究員の天野彬氏に伺った。

後編では天野氏と、冒険社プラコレの編集部 執行役員 編集長の武藤みなみ氏、Wand執行役員の打訳美由氏の鼎談をお届けする。

神奈川県でウェディング事業を展開するプラコレは、SNS採用へ積極的に取り組んでいる。2021年に立ち上げたTikTokの自社アカウントでは、1年で5万フォロワーを獲得。Instagram総フォロワー数は20万人以上、SNS総フォロワー数は70万フォロワーを超えるなど、中堅企業ながら着実にSNSを活用した採用実績の成果を上げている。本記事では同社の事例を通して、企業が採用活動にSNSを取り入れる際の手法を深掘りしていく。

天野彬氏

株式会社電通 電通メディアイノベーションラボ主任研究員
天野彬氏
SNSのマーケティング活用や若年層のトレンドについての研究開発・コンサルティングを専門とし、経済番組でのコメンテーターや各種講演でのスピーカーなど経験多数。著書に『新世代のビジネスはスマホの中から生まれる ショートムービー時代のSNSマーケティング』(世界文化社)、『シェアしたがる心理~SNSの情報環境を読み解く7つの視点~』(宣伝会議)、『SNS変遷史~「いいね!」でつながる社会のゆくえ~』(イースト新書)など。

武藤みなみ氏

冒険社プラコレ編集部 執行役員 編集長
武藤みなみ氏

打訳美由氏

冒険社プラコレ Wand 執行役員
打訳美由氏

「嘘のない情報発信」を実現する。それこそがSNSの強み

話をする天野彬氏と武藤みなみ氏と打訳美由氏

──プラコレは採用におけるSNS活用に積極的に取り組み、昨年スタートされたTikTokの運用では大きな成果を上げています。まずはSNSを採用活動に利用するようになったきっかけをお聞かせください。

武藤:プラコレは結婚式場と花嫁様のマッチングや、SNSを通じてウェディングの魅力を伝えることを主なサービス内容としており、今年で創業8年目になります。基本的にはSNSを中心に認知を広げていて、CMや交通広告は行っていませんが、SNSのフォロワー数やハッシュタグ総数などは業界でトップクラスという状況です。

当社は20代〜30代前半の社員がメインの会社ということもあり、もともと社員とSNSとの距離は近く、むしろ「SNSを活用しない方がおかしい」という感覚でした。最初はFacebookから始めて、その後はInstagram、今はTikTokという感じで、ユーザーが多いSNSを集客にも採用にも活用するという考え方で運用しています。

天野プラコレさんの「その人に合ったウェディングサービスを提案する」という事業形態は、SNSと非常にマッチしていますね。サービスを受けた人はSNSを通じて発信したくなるから、UGC(User Generated Contents )(*1)も生まれやすいでしょうね。

*1 企業などではなく一般ユーザーによって制作・生成されたコンテンツのこと

武藤ありがとうございます。コンテンツの内容はオウンドメディア「PLACOLE&DRESSY」と採用サイトではっきり分けています。オウンドメディアはウェディングドレスや結婚式の素敵さを全面に出す一方で、採用は会社の強みや自分たちが魅力だと思っていることを社員主体で発信しています。

打訳採用のSNSで意識しているのは「会社で普通に行われていること」を「ただ撮って出す」ことです。SNSでは「みんな笑顔で働いています」といったきれいな情報を発信したくなりますが、それでは入社後のギャップが生じやすくなりますし、ミスマッチや嘘がないように注意しています。

──前編で天野さんがお話していたSNS活用の勘所をきちんと押さえていますね。他にどのような運用方針があるのでしょうか。

武藤大きいのは「一人で決めない」こと。誰かが独走するのではなく、違う部署のメンバーも含めみんなでブレストし、アイデアを出し合います。特にTikTokは私たちが社会人になってから流行ってきたSNSなので、プライベートでも発信している若いメンバーにアイデアを出してもらっています。

打訳全社でアイデアを出し、メソッドをみんなで作るというやり方ですね。毎日発信を続けるためには、やってはいけないこと、やりたくないことは決めたうえで、「とりあえずやってみよう」という精神を持つことが大事。失敗しても誰も何も言わないですし、そこに対して上司・部下という関係も出さないと決めています。

TikTokのキャプチャ
TikTokを使って、普段の仕事の様子や社内イベントなど会社のカルチャーや雰囲気が伝わる動画を配信

天野SNSを利用した採用活動では、KPIやゴール設定がなかなか難しいですよね。定量的にはキャンペーン期間のような区切りを設けて、認知度や好意度、検討意欲の向上やフォロワー数やリーチ数、エンゲージメント指標の上下といったものを計測するのが一点。定性的には「顧客にとって最も頼りになる情報源として定着する」といった切り口もありますが、プラコレさんではどのように設定されているのでしょうか。

武藤オウンドメディアではフォロワー数やハッシュタグの総数。採用に関してはあまり定量的な指標は設けず「毎日投稿しよう」くらいが目標です。バズについても、半年前の投稿が今も拡散していたりするケースもあるので、「すぐに結果につながるわけではない」と考え、重要な指数とはしていません。

──SNSの運用において、特に困ったことや反省点などはありましたか。

武藤反省…はしないですね(笑)。それこそ凹まないことが大切というか。

打訳投稿が伸びなくても「伸びなかったね、今日は」という感じですね。

武藤挑戦しやすい風土は重要かもしれません。基本的にSNSの担当になるのは若い社員が多いので、先輩や上司に「全然伸びてない」と言われても萎縮するだけです。挑戦できる環境を用意することで、チームのメンバーがそれぞれの価値観で発信をしてくれるようになり、それが拡散につながると考えています。

天野全社体制で運用していく、みんなでアイデアを出し合うという姿勢は素晴らしいと思います。SNSは「ふだんからSNSを見ている人が運用した方がいい」というのが大前提。アイデアを広く募集すれば、全社ごとにもしやすくなりますね。

武藤アイデアがたくさん出て、誰のアイデアかもわからないような状態で進んでいくのが理想です。一人の責任になるとプレッシャーも大きいし、それでなかなか投稿できないという担当者の方も多いのではないでしょうか。

TikTok経由での新卒学生からのエントリーが1,500名を記録

武藤みなみ氏と打訳美由氏

──プラコレさんの採用活動では、TikTokが最も成果を上げていると伺いました。

武藤そうですね。年に一回だけ4月に新卒説明会を行うのですが、2022年入社組の説明会には1,500人からエントリーがあり、そのすべてがTikTok経由でした。中途の応募は毎日少しずつ来るという感じですが、TikTokを始めとするSNS経由がほとんどです。

天野それはすごい! 求人情報サイト泣かせですね。

武藤求人情報サイトでは名前と仕事内容で企業が選ばれるので、中小企業は不利になりがちです。私たちとしては、差別化しにくい初任給のような条件ではなく、会社の中身を見てほしいという思いもあり、その点でもSNSを活用すべきだと考えました。TikTokで一度バズっただけで一日の応募数が10人から100人くらいに増加したこともあって、本当に驚きました。応募理由も「TikTokで拝見しました」という人ばかり。

天野それだけ就活生にリーチしたということですね。何か特に工夫されていることはあったのでしょうか。

武藤TikTokの場合はAIのアルゴリズムでおすすめフィードに出るかどうかが大事なので、こちらでも検証しきれていない部分があります。ただ、何がバズるかわからないからこそ「毎日配信する」「挑戦する」ことが大事ではないかと思います。

またコンテンツ制作については、誰でもできるように「方向性を何パターンか決めて掛け算をする」というやり方をしています。社内の人にフォーカスしつつ「○○さん×イベント」「○○さん×時事ネタ」「○○さん×オフィス紹介」といった形で、どれが伸びやすかったかをチェックする仕組みをエンジニアに作ってもらいました。

天野:おっしゃるとおりSNSはふたを開けるまでは何が当たるかわからない世界ですから、コンテンツを切らさず量を発信することが非常に重要です。そうしないと改善の手も打てないわけですし。そういう意味でもリソースを確保し、制作ノウハウを一般化するのは有効な打ち手です。TikTokも投稿の間隔が空くとアルゴリズム的に優遇されなくなりますから、アカウントの活性具合が重要ですね。

──TikTokを見て応募した求職者には、どんな印象を持たれていますか。

武藤「やっと一緒に働ける」とおっしゃっていただくなど、プラコレのファンのような気持ちで入社される方が多いです。新卒の内定を出すのが12月なのですが、TikTokでバズった社員の動画を見てから、ずっとインターンをしてくれている人もいます。定着率も上がっている印象です。

打訳 条件ではなく、社内の雰囲気や文化への共感があり、「こういう会社で働きたい」という明確なイメージを持った、モチベーションの高い人が集まりやすくなりました。応募者も、ウェディング事業に憧れのある女性ばかりかというとそうでもなく、エンジニアやデザイナー、企画志望の男性など多岐にわたっています。

武藤コンテンツの内容は、会社のキラキラした部分を推すこともなく、素敵なランチどころかコンビニごはんも出しちゃうし、オフィスにダンボールは置いてあるし。でも、だからこそ「内側のリアルな部分が知りたい」人が増えているんだろうと感じますね。

天野:SNSでの飾らない発信は、応募者にとってドキュメンタリー的な価値がありますよね。

武藤私たちも最初は何を投稿すればいいかわからず、インフルエンサーの発信を真似た動画を投稿したりもしました。でも、結局そういう動画はインフルエンサーの方だからウケるのであって。では、私たちができることは?と考えたとき、会社のありのままを発信し、「私たちと働きたい」と思ってくれる人を増やすという価値観に行き着きました。

打訳私たちの会社の魅力について、とにかく思考を深めたと思います。プラコレは年に4回、自分たちの会社をどうするか社員同士が話し合う時間を設けていて、福利厚生などもその時に一緒に検討するんです。そういった取り組みも積極的に発信をしました。

ブラコレのウェブサイトのキャプチャ

天野なるほど。逆に言えば、SNSで発信しやすいように社内の雰囲気を変えていく、ありのままの発信でも良くなるように制度を整えていく。そういった動きも重要かもしれませんね。

それに、「嘘偽りがない」とか「リアルである」といったことが尊ばれる流れは、SNSにとどまらず世の中全般に生まれつつあると思います。今年は「BeReal」という「映えない」写真共有アプリが話題になりました。ランダムなタイミングで届く通知に合わせて撮影・投稿しなければならないので、狙いすました一枚をシェアすることが原理的にできないわけですね。これは「Instagramは作られた世界ではないか」というもやもやに対するカウンターであり、その人の本当の姿を映すという価値観に共感が集まった結果だと考えられます。こうした観点からも、「企業のありのままを見てもらい、一緒に働きたい人を増やす」というゴールに、SNSの発信が紐づいているプラコレさんの運用は優れていると思います。

武藤今の若い世代の「リアルなものが見たい」という欲求や、ウソっぽいものに対する感度の高さというのは、実は結婚式でも同じです。美しいモデルさんの宣材写真より、一般の花嫁様の実例の方が共感される。それで私たちも「作られたものよりもリアルが受ける」というのは、感覚的に理解していた気がします。

「SNS採用」成功の鍵は、チーム作りと地道な運用にあり

こちらを向く天野彬氏と武藤みなみ氏と打訳美由氏

──最後にお三方から、これから採用においてSNSを活用しようと思っている企業にメッセージをいただけますか。

天野現在は20代~30代を中心に、仕事や企業に対する価値観が変わってきていると言われます。そのようななかでSNSを通じた発信からは、企業への理解を深め、憧れや関心を高めるという事例がたくさん生まれています。SNSの活用にはメリットもデメリットもありますが、今はメリットが非常に大きくなっている。中小企業の採用において、共感を高めるという意味ではかなり強力な武器になるものです。

多くの採用活動をチェックすると、ちょっと型にはまったコミュニケーションだなという印象を受けることがあります。しかしながら、コミュニケーション環境が変わり、若い世代を中心に透明性・飾らなさを大切にする価値観が定着しつつあります。だからこそ、プラコレさんのTikTokのように、実際に働いている姿を見せてファンを増やし、結果的に社員の定着率も高まるという事例が知られるのは大変素晴らしいことだと感じます。そのために重要なのは、SNSを運用し続けると同時に、社内の体制もSNSで発信しやすいようなカルチャーに整えていくこと。その両輪が必要ですね。

打訳ありがとうございます。今TikTokを楽しんでいる方たちはすごくピュアで、投稿に対してもいい反応をいただくことが多いのです。この世代に「いい企業だ」と思ってもらうためには、会社の環境や雰囲気も良くしていかなければなりません。結果として採用も、会社全体も相互に良くなっていくし、社員にとっても「うちの会社って、こんな魅力があったのか!」という新しい発見もあるのかなと。

武藤採用のコストをかけずとも、伝えたい人に伝わるのがSNSのいいところです。アプリのアルゴリズムが優れていることもあり、私たちのTikTokは伝えたい層にドンピシャで伝わっていると思います。1年前にTikTokを始めたときは、これほど採用に成果が出るとは予想外でした。その驚きを体験した企業として、もしSNSの活用を迷っていらっしゃる企業や担当者の方には、まず一歩を踏み出してみることをおすすめしたいです。

この連載の記事一覧

  1.  SNSが架け橋となる、「透明性」の高い採用コミュニケーション
  2.  電通 天野彬氏×冒険社プラコレ。実践企業が語る「SNS採用」の成功法則