
株式会社電通 電通メディアイノベーションラボ主任研究員の天野彬氏は、SNSのマーケティング活用や若年層のトレンドについての研究開発・コンサルティングを専門とする。最新の著作『新世代のビジネスはスマホの中から生まれる ショートムービー時代のSNSマーケティング』(世界文化社)では、生活者を取り巻くコミュニケーション環境の変化や、今注目されるTikTokの真価について幅広い視野から解説している。
採用×SNSというテーマで、理論と実践の両面からオウンドメディアリクルーティングを深堀りしていく本企画。
前編では、近年におけるSNSの変遷と、SNSやショートムービーを活用した採用・企業ブランディングの現在について伺う。SNSマーケティングの方法論を採用にブリッジさせるには、どのような知見が必要であり、どのようなコンテンツが有効なのか。各種SNSの違いを解説いただきつつ、実践的なメソッドをご教授いただいた。

株式会社電通 電通メディアイノベーションラボ主任研究員
天野彬氏
SNSのマーケティング活用や若年層のトレンドについての研究開発・コンサルティングを専門とし、経済番組でのコメンテーターや各種講演でのスピーカーなど経験多数。著書に『新世代のビジネスはスマホの中から生まれる ショートムービー時代のSNSマーケティング』(世界文化社)、『シェアしたがる心理~SNSの情報環境を読み解く7つの視点~』(宣伝会議)、『SNS変遷史~「いいね!」でつながる社会のゆくえ~』(イースト新書)など。
Twitterは「広場」、TikTokは「ステージ」。各種SNSの特性を理解する

──現在はTwitter、Instagram、Facebook、TikTokなど多くのSNSが林立している状況です。まずは各SNSの特性や強みについて教えてください。
天野:FIFA ワールドカップ 2022では、Twitterが非常に盛り上がりましたね。日本のユーザーはかなりTwitterと相性がいいと言われていて、国内のMAU(月間アクティブユーザー数)は4,500万人(出典:Twitter Japan公式アカウントツイートより)。国別ユーザー数では米国に次いで2位ですが、人口に占めるユーザーの割合は米国の約2倍にのぼります。Twitterは「世の中の今」を見る場として非常に優れたプラットフォームです。世の中の話題を知り、ユーザー同士の会話に加わるため「広場へ出かける」ような感覚があるSNSだと言えます。
一方、Instagramは「発信者個人の世界観を見る場」。フィード、インスタライブ、ストーリーズといった機能も含めて、個人のパーソナルな部分を知るコミュニケーションが充実していて、こちらは発信者の「家に遊びにいく」ような感覚で、個人のブランディングと相性が良いプラットフォームです。
Facebookにおいては、若い人はあまりアクティブではなく、ユーザー層が中高年にシフトしています。Facebookは実名利用なので、地元の人や同じ関心を持つ人、会社の同僚や先輩など、いろいろな人が同じ場でつながってしまう。こうした関係性の複雑化が若い人にとっては面倒。喩えるなら「知り合いが参加するパーティー会場に出かける」感覚のSNSですね。
TikTokは公称のMAUが2,300〜2,400万人と急激に伸びています。TikTokはYouTubeなどのプラットフォームに近くて、面白いコンテンツを見るという目的のために使われています。人間関係(ソーシャルグラフ)ではなく、興味関心(インタレストグラフ)でつながる場であり、その人の好きなもの、興味のある事柄が提案されるアルゴリズムがユーザーを惹きつけています。TikTokは「皆が特技を披露するステージ」のようなものです。
──近年、企業法人がSNSアカウントを持つことが当たり前になってきています。企業にとって、こうしたアカウントの意義はどこにあるのでしょう。
天野:広く考えると、企業にとってのSNSはオウンドメディアの一つで「自ら発信できる手段」です。ユーザー参加型という違いはありますが、ホームページと同じような位置づけにあると言えます。そこに加えて、SNSでは社員だからこそわかる企業の魅力や情報を、ペイドメディアで発信するのとはまた違った形で伝えられるメリットがあります。
以前UUUM株式会社と行った共同調査では、メディアや企業の公式ページ発の情報は「信頼性」が高い。一方、インフルエンサー発の情報や、UGC(User Generated Contents)(*1)と呼ばれるユーザー発の口コミは「親しみ」の要素が高いという結果になりました。企業のホームページ発の情報は「信頼性」は高いけれど「親しみ」は低いという弱点がある。SNSアカウントを運営すれば、この二局の中間ぐらいのポジションを獲得できます。
*1 企業などではなく一般ユーザーによって制作・生成されたコンテンツのこと
例えば企業としては、公式ホームページでは商品のいいところだけを伝えたいわけですが、SNSではちょっと“ぶっちゃけた”本音も言える。そうした発信が生活者の共感を呼び、つながりを作っていく面があります。大事なのは有益な情報──企業の既存の顧客はもちろん、これから顧客になりそうな人たちが知りたがりそうなことをしっかり出すことです。
そのうえで伝え方の工夫としてクイズっぽい感じにするとか、皆のクエスチョンをもらうとか、参加型にするための工夫をしていくことだと思います。SNSだからバズるために面白いことをやるというのではなく、「それぞれのSNSの型に沿った仕掛けもしてみる」といった考え方が大事なのかなと。
こうした観点からも企業アカウントの担当者は、日常的にSNSにふれていて、そのプラットフォームの空気感がわかっている人が適任です。若い人の方がいいかというと、必ずしもそうではない。SNSが好きな人がやったほうが絶対にいいと思います。
目的の設定と地道なPDCAこそが、企業SNS運用における要諦となる

──SNSが企業に欠かせないブランディングツールとなる一方で、成果のほどは企業ごとに大きな違いがあります。「炎上」のように、企業アカウントで起こりがちな問題点としては、どのようなものがあるでしょう。
天野:いくつかの調査の結果では、企業がSNSを利用するうえでの最大の障壁は運用のリソースの問題でした。近年は「ソーシャルメディア事業部」といった形で専門部署を置く会社も出てきていますが、まだまだ担当者の属人性に頼る企業が多いと感じます。
“中の人”の人格的なものを出し過ぎて失敗するアカウントもあったりしますが、なぜこうした失敗が起きるかというと、伝えるべき情報のバリューがないままに面白いことをしようとしているとか、言い回しやキャラクターだけで乗り切ろうとしているから。社内のリソースが足りず企業アカウントが属人的になると、こうした負のスパイラルが生じる可能性は高くなるでしょう。
もう一つよくある問題は、SNSアカウントを立ち上げた目的が不明瞭であるケースです。ライバル企業がやっているからとか、上司に「やれ」と言われたとか。それでなんとなくSNSを運用している企業は、ちょっと危険かもしれません。自社のブランディングや課題解決において、SNSの運用がどのような役割を果たすのか。どこまでいったらゴールと言えるのか。この2点を固めて取り組んでいる企業と、そうでない企業では結果がまったく違ってきます。
誤解されがちですが、企業アカウントにおいて「一発バズってうまくいきました」みたいなことはまずありません。「この投稿は見られたけれど、これは見られていない」といった地道な改善の繰り返しで投稿が多くの人に見られるようになり、フォロワーが増えていく。そうした改善を続けるためにも、ゴールのイメージがないと修正の方向がわからなくなるし、どこまでやればいいのかもわからなくなります。
──企業ブランディングでは地道な改善とPDCAが大事だとよく言われますが、それはSNSの運用においても変わらないということでしょうか。
天野:大きくは変わらないと思います。ブランディングを「企業の良さをステークホルダーに伝えていくこと」だとすれば、SNSだけを特別視すべきではない。あくまでも企業ブランディングがあったうえでのSNS活用ということです。
ただ、SNSでは「ユーザーと一緒に作っていくこと」の比重が増しているという違いはあります。SNSの運用に長けたある企業では、新商品を出したときは自社からの発信だけではなく、生活者発のUGCがどれだけ生まれるかを非常に重視しています。UGCが話題になれば、自社からの発信を凌駕するほどのリーチが生まれるからです。
SNSユーザーの特性は「友達が話題にしているものがいちばん気になる」こと。いろいろなアンケート調査でも、情報ソースとして重視するのは企業アカウントではなく、友人・知人であるという傾向が明らかになっています。「新商品が出ました」という情報も、友達がTwitterやInstagramで話題にすると欲しくなるし、それが映画だったら「行ってみようかな」となるわけです。
私はこうした情報の広がり方を、「発信力より拡散力」と説明しています。ユーザーの力を借りて、声を聞きながら商品を作る。ユーザーも何らかの形で関わりを持つと、その企業をより応援したくなりますから。そうしたマーケティング戦略にもSNSを応用していけると良いと思います。
「透明性が高い」ブランディングツールとして、SNSを活用する

──ここからはSNSを活用した企業ブランディングを、うまく採用にブリッジさせる方法を伺いたいと思います。そもそも企業ブランディング=採用ブランディングのような図式は成立するのでしょうか。
天野:企業ブランディングは採用ブランディングよりも広い概念ですが、昨今は働き方や仕事の探し方の概念が大きく変わり、求職者がより大きな視点から企業を見るようになってきています。このなかで重要性を増しているのが「透明性」という観点です。
この透明性を伝えるために影響力を発揮するのが、SNSを介した企業ブランディングです。MZ世代(ミレニアル世代とZ世代)は、企業が社会に対して果たす役割を、環境への配慮といった観点を含めて厳しい目で見ていたり、働くうえでの価値観も上位に来るのは企業の知名度や年収ではなく、自己実現や「自分のやりたいことをやる」といった要素です。
彼らが仕事を探すときに欲しいのは、従来のようなきれいごとの情報ではなく、自分の働きやすさや働きがいに直結する情報です。SNSはこうした情報を伝えるのに非常に適しています。採用においても、企業全体の価値や理念を伝えるだけではなく、社員一人ひとりの個性や多様性、より具体的な手触りを伝えることが大事になっています。
──ユーザーも見る目が肥えているなかで、企業の透明性を感じさせるためにはどんな情報を発信すべきでしょうか。露悪的にならずに信頼感を醸成するコツはありますか。
天野:採用とブランディングを兼ねたSNSの使い方では、企業の規模にもよりますが、最近は「企業のトップが出る」というアプローチが増えていますね。トップのコミュニケーションを伝えることで求職者はトップの姿を通して社風を知ることができますし、透明性を求める志向に応えることにもつながります。
──複数のSNSがあるなかで、特に採用にとって有効なSNSの選び方や、コンテンツ作りの注意点について教えてください。
天野:採用担当者がこれからSNSを運用するならば、始めやすいのはTikTokかもしれません。他のSNSはアカウントのフォロワー数である程度リーチが決まってしまうのですが、TikTokはコンテンツごとの勝負。アルゴリズムが「これはいい動画だ」と判断すれば、フォロワーが少なくても、TikTokを始めたばかりでも、たくさんのユーザーの「おすすめフィード」に出ます。
アルゴリズムの判断には、視聴時間数、瞬間視聴率、エンゲージメントに関連する「いいね」やコメントの数など、いろいろな要素が関係しています。それらがたくさん生まれるコンテンツ、つまりユーザーが参加しやすいコンテンツを作ることが重要なので、ハッシュタグチャレンジやTikTokのエフェクトのような仕組みを活用するのもいいと思います。そうやって生まれたコメントをまた拾って、さらに動画を作っていくと、他のユーザーもコメントしたくなりますし、興味がある人はどんどんエンゲージメントを深めてくれます。
Instagramであれば、基本的には求職者にフォローしてもらって、自社の投稿を見てもらいながらストーリーズ機能で双方向的な参加を求めたり、社内のちょっとカジュアルな一面を見せたり。フォロワーが増えたらインスタライブの開催も意味があると思います。
求人に対して応募してもらうためには、求職者がどのような情報を欲するのかという、広い意味での顧客理解が重要です。社員の属性や職場の雰囲気、待遇や仕事内容などは、皆が気になる情報ですよね。そうした情報のバリューがあれば、伝え方はいろいろある。プラットフォームもInstagram、TikTok、Twitterなどそれぞれに特性はありますが、大枠は外さない発信ができるはずです。
この連載の記事一覧
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- 電通 天野彬氏×冒険社プラコレ。実践企業が語る「SNS採用」の成功法則