連載「採用」を「デザイン」する。採用難を救う本質的思考法 01/02 こちらを向く株式会社Blanket 取締役 野沢悠介氏と株式会社インフォバーン 取締役副社長/デザイン・ストラテジスト 井登友一氏

人材の採用難度がますます高まる昨今、企業は採用手法の継続的な見直しとアップデートを求められている。そこで注目されるのが、近年ビジネスの現場で活用されている「デザイン思考」だ。「ものの意味を見出し、形を与える」というデザインの本質を前提としたとき、採用という課題にどのような解決の糸口が見えてくるのだろうか。

本企画では介護・福祉に特化した人事支援サービスで高い成果を上げられている株式会社Blanket 取締役の野沢悠介氏に、『サービスデザイン思考 ―「モノづくりから、コトづくりへ」をこえて』の著者である井登友一氏(株式会社インフォバーン 取締役副社長/デザイン・ストラテジスト)がインタビューを行った。

「採用難度の高い職種こそ、採用と受け入れを一体として計画(デザイン)することが重要」と語り、採用ワークショップデザイナーとしても活躍する野沢氏に、その思考方法の要諦についてお話しを伺う。

笑顔の野沢悠介氏

株式会社Blanket 取締役
野沢悠介氏
立教大学コミュニティ福祉学部卒。キャリアコンサルタント、ワークショップデザイナー。介護事業会社で、採用担当・新卒採用チームリーダー・人財開発部長などを担当後、2017年より現職。介護・福祉領域の人材採用・人材開発を専門とし、介護・福祉事業者の採用・人事支援や、採用力向上のためのプログラム開発、研修講師などを中心に「いきいき働くことができる職場づくり」を進める。

笑顔の井登友一氏

株式会社インフォバーン 取締役、デザイン・ストラテジスト
井登友一氏
デザインコンサルティング企業においてUXデザインの専門事業立ち上げに参画後、2011年に株式会社インフォバーンに入社。UXデザイン、サービスデザインを中心としたデザイン・コンサルティング事業の統括を行なう。近著に『サービスデザイン思考 ―「モノづくりから、コトづくりへ」をこえて』がある

採用難度「A 級」の介護福祉業界で始まったBlanketの挑戦

対談をする野沢悠介氏と井登友一氏

井登:今日は「採用をデザインする思考方法」というテーマで、介護福祉業界の採用や人材育成を牽引する野沢さんにいろいろとお聞きしたいと思っています。野沢さんは新卒で介護事業・保育事業を手掛ける大手企業に入社され、2017年に日本最大級の介護領域のコミュニティを運営するJoin for Kaigo(2020年にBlanketに社名変更)に参画されました。数多くの介護・福祉系企業の人材採用から育成までサポートされていくなかで、デザインやクリエイティブの観点を持って採用活動に当たっていくことの重要性に気付かれたとのこと。ご自身のお仕事としては、当初から介護や福祉に関する領域を専門にしたいというお考えがあったのでしょうか。

野沢:いえ、実はまったく偶然なのです。最初に入社したのが介護事業会社で、かつ人事採用担当だったのがスタートです。2007年から新卒採用の担当になり、どうしたら人材難の介護業界に若い人を迎えられるのか7年間ずっと考え続けていました。

そのときに強く感じたことが二つあります。一つは日本の高齢化や人口減少を考えたとき、介護の人材確保や採用は自社だけの問題ではないということ。私たちがどれだけ採用に成功しても、高齢化に伴う人材不足は解決できません。業界全体でいい人材をどう迎えるかを考えなくてはと、関心が広がっていきました。

もう一つが入職後の定着支援や人材育成の重要性です。自分たちが採用に携わり、希望を持ってこの世界に入ってくれた学生が、新入社員、中堅社員となっていくなかで悩みが生じてくる。本当に人材が必要な業界だからこそ、入ってきた人たちが長く働ける環境をどう作っていくかを考えるべきだと思うようになったのです。

そんなときに出会ったのが、当社代表の秋本がほぼ一人で運営していたJoin for Kaigoです。自分自身のキャリアとしても、イチ事業会社としてではなく、業界全体の人材採用を底上げしたいという思いから、採用や働きやすい職場作りへも着手するようになりました。

採用課題を「業界構造のせい」にせず、すべきことをするスタンス

「介護から、人と組織が抱える葛藤を可能性に変える」と表示されたBlanketのホームページキャプチャ
Blanketのホームページ。採用動画の制作や福祉の仕事体験事業など、同社が手がけてきた様々な事例も数多く紹介されている

井登:やはり採用に関しては、介護福祉業界は苦戦を強いられている印象があります。人材採用の現状について、どのように見ていらっしゃいますか。

野沢:ご存知ない方もいらっしゃると思いますが、実は介護業界への人材流入は急ピッチで進んでいて、2000年から2020年ぐらいにかけての介護業界における労働人口の増え方は、他業界に比べても群を抜いていると言われるほどです。ところが需要拡大のペースが早すぎて、結果として慢性的な人手不足という構造がある。事業所は必要な人材を今すぐ埋めたいという焦りから、場当たり的な採用活動を行うことが多くなっています。

不景気な時代は他業界から介護業界未経験の方が来てくれましたが、景気が回復してきた現在は、ハローワークや有料・無料の求人媒体、自社サイトなど幅広く求人を出しても、誰も応募してくれないこともあります。ほかに手がないので高コストの人材紹介会社や人材派遣会社に頼り、国の社会保障費のかなりの割合が人材紹介会社に流れていく、そんな構図が生まれています。採用難に端を発して人材採用にかかるコストが見込み以上になり、会社の予算が圧迫され、本来充実させるべき介護職員向けの福利厚生や人事制度などに予算を当てられない。そういったあまり健全ではない状態になっているように思います。

井登:これまでの介護業界では、どのような採用活動が一般的だったのでしょうか。

野沢:採用難に苦しむ事業所が、5年前から同じ文言の求人票をハローワークに出していたり、とりあえず無料の求人サイトで募集して、人が来なくてもひたすら待っていたり。その背景にあるのが「介護業界は人が採れないのが当たり前」という思い込みです。世間一般で言われる給与や待遇の問題が、口実になってしまっている、やらない理由になっているケースがしばしばあります。

もちろん厳しい業界であることは確かですが、Blanketで人事担当者や経営者の方に採用の研修をさせていただくと、3カ月くらいで「全然変わった」とよく言われます。ターゲットをしっかり定める、自分たちの強みを明確にして伝える、媒体をターゲットに合わせて考えるといったスタンダードな施策を実践するだけでも、ポジティブな変化がいろいろ起きてくる。

介護業界に限らず、採用の課題を構造特性のせいにすると、そこで終わってしまいます。まずは「まだできることがある」という発想と、採用課題の本質的な部分を探しにいく姿勢が大事なのではないでしょうか。

介護業界の採用成功企業に共通するコンセプト・メイキング

対談をする野沢悠介氏

井登:Blanketさんが採用の研修で実践されていることとして、例えば介護業界に最適化したフレームワークのようなものはあるのでしょうか。

野沢:業界特有のものは特にないです。「誰をターゲットにするか」「どういう形で強みを言語化していくか」、いわゆる塊で考えずにチャンクダウンしていくような部分は、特別なことよりも、「基本をしっかり、あきらめずにやる」ことが大事と思っています。

介護業界で採用に成功している事業所には、ちょっと尖ったPR活動をしているところがあります。例えば、弊社がご支援している事業所ではありませんが、“マッチョな人”の採用でマスコミでも話題になったデイサービスの事業所があります。こちらは職場に筋トレのマシンを置くなどアスリートが働きやすい環境作りにもこだわって、それがまた評判となり、アスリート出身の方が多く集まるという好循環ができました。

井登:それは面白いですね(笑)。

野沢:しかし、こうした事業所の方は「“ガワ”だけを見ないでほしい」と口を揃えておっしゃいます。そこに至るまでの緻密な戦略や狙い、つまりデザインがあるわけで、「◯◯さんのところは特別だから」で片付けて欲しくないと。

井登:なるほど。Blanketさんの事例ではどんなものがありますか。

野沢:Blanketのお客様では、リハビリ特化型デイサービス(指導員が運動機能の維持や回復のための訓練を提供する施設)を運営する事業所における「初の新卒採用」をサポートしました。

航空会社と組んで旅行企画をしたり、IT系の企業とリハビリのシステムを作ったり、新しい取り組みに積極的な事業所で、その印象を高めて「あそこと組みたい」と思ってもらえる存在になりたいと考えていました。そのためにも若手の力が必要だったのですが、学生にどう魅力を伝えればいいのかわからないという相談でした。

通常デイサービスのターゲットとしては福祉を学んできた学生が王道ですが、話を聞いて響く層が変わってくるだろうと考えました。想定したのは体育大学に進学している方や、運動系の部活に所属しているような学生。でも社会人チームや実業団に入るほどではなく、就職先としてフィットネスクラブやスポーツジムを考えている、志向性として「挑戦」や「チームプレイ」に積極的に取り組めるような人たちですね。

井登:従来とは違った観点で、ターゲット選定を行なったのですね。

野沢:そうです。だからこそ、「なぜ新卒採用をするのか」「どんな人が欲しいのか」「その人たちに事業所の何が刺さるのか」という根本的なところからメッセージを練り上げ、「人を、社会を元気にする挑戦」という採用コンセプトを作りました。

そして「今までのスポーツの経験を活かして、高齢化社会に元気を作る仕事をしませんか?」「新卒一期生で一緒にチャレンジしたら、きっと面白いことができますよ」と徹底的にアピールしたのです。これが奏功して、エアロビクスの日本代表だった女子学生など、体育会系の有望な新卒を6名採用できました。

デザイン思考を組織へ浸透させるため現場で活躍している人も巻き込む

対談をする野沢悠介氏と井登友一氏

井登:お話を伺い、採用に関して「当たり前のことをちゃんと考え、実践する」ことを、とても大切にされているのだなと感じました。

野沢:本当にそうだと思います。奇をてらうとか、いい感じにキラキラした写真を撮るといったガワだけを飾っても意味がない。なぜそういうメッセージを出すのか、写真を通して何を届けたいのかを、自分たちが腹落ちして進めていくことが大事ですね。

まずは自分たちのことを掘り下げる。人手不足であるということ以上に、採用を通してやりたいこと、解決したい課題を掘り下げる。次に「だからこういう人が採りたい、だからこういう活動をしよう」という戦略を立てる必要があるのです。

井登:そういった提案を「やってみよう」と思ってくださる企業は、時間はかかっても最後はうまくいく。「そんなまどろっこしいことやってられない」という企業は、苦戦の沼からなかなか抜けられないかもしれませんね。採用難に苦しむ企業が、Blanketさんのように戦略を立てて採用をデザインし、それを組織に浸透させるためには、どのような施策が必要だとお考えでしょうか。

野沢:採用に携わる社員の方が決めたメッセージ、コピー、想いを、人事担当や経営者だけでなく、現場で活躍している方や求職者にも見てもらうこと。それについて語ってもらう機会を作っていくこと。そういった試みもインナーブランディングにつながると思います。

採用は確かに仲間を集めるきっかけです。一方で「私たちってなんだ?」ということを考える内省の機会でもあります。私は採用のコピーを提案するとき、できるだけ多くの人を巻き込み、参加してもらって、その過程を“見える化”することを意識しています。

先輩社員が求職者に対して、「自分はこのメッセージをこう捉える」「仕事にこう活かしている」といったことを対話する場を作ることも大切だと思います。コンサルティングなどの業務分野だけでなく、採用活動でもインナーブランディングを深めるためのワークショップや、コミュニケーションツールの活用が効果的ではないでしょうか。

一番良くないのは、採用担当者が「人事や経営層はこう言っているけど、実態は違うんだよね」と思いながら採用活動をすること。これでは求職者に伝わるコミュニケーションはできません。採用のコピーやメッセージが現場で働く人にしっくりくるか、現場からどう見えるか、この部分をおろそかにしないことが大切ではないでしょうか。

この連載の記事一覧

  1. 採用難度の高い企業ほど真似して欲しい。Blanket野沢悠介氏の採用デザイン思考
  2. 組織が変われば採用が変わる。自分たちでいい人材が採れる組織を作るためのデザイン思考