
介護福祉業界の人事支援サービスを牽引する株式会社Blanket 取締役の野沢悠介氏に、「デザイン思考」を応用して難度の高い採用活動を成功に導く考え方を取材する本企画。
前編に引き続き、『サービスデザイン思考 ―「モノづくりから、コトづくりへ」をこえて』の著者である井登友一氏(株式会社インフォバーン 取締役副社長/デザイン・ストラテジスト)との対談をお送りする。後編では、採用をはじめとした業務領域にデザインの視点を活かす方法を、組織変革の観点からさらに深掘りしていく。

株式会社Blanket 取締役
野沢悠介氏
立教大学コミュニティ福祉学部卒。キャリアコンサルタント、ワークショップデザイナー。介護事業会社で、採用担当・新卒採用チームリーダー・人財開発部長などを担当後、2017年より現職。介護・福祉領域の人材採用・人材開発を専門とし、介護・福祉事業者の採用・人事支援や、採用力向上のためのプログラム開発、研修講師などを中心に「いきいき働くことができる職場づくり」を進める。

株式会社インフォバーン 取締役、デザイン・ストラテジスト
井登友一氏
デザインコンサルティング企業においてUXデザインの専門事業立ち上げに参画後、2011年に株式会社インフォバーンに入社。UXデザイン、サービスデザインを中心としたデザイン・コンサルティング事業の統括を行なう。近著に『サービスデザイン思考 ―「モノづくりから、コトづくりへ」をこえて』がある。
社会性が高い介護福祉業界にこそ必要な、デザイン思考を用いた情報発信

井登:近年、顧客をはじめとする多様な関係者を巻き込んだ視点からビジネスをホリスティックに再構築する手法として、世界各国の様々な企業でサービスデザインが導入されています。
私はサービスデザインを「顧客が自覚していないレベルのニーズや欲求に対して、顧客との共創関係のもとで価値を提案し、持続的な関係を継続できる仕組みを持った製品・サービスを創り出すこと」と定義しているのですが、野沢さんの活動を知ってサービスデザインの視点を強く感じました。
採用難と言われる介護福祉業界において、人材採用や人材育成という領域、いわゆる「人が人に関わる領域」でデザイン思考を取り入れた事業をされているのはとても興味深い。なぜ野沢さんはデザインというキーワードに着目されたのでしょうか。
野沢:その転機は明確にありました。介護業界は世の中にとって必要なことをしている社会貢献性の高い事業です。だからこそ、「いいことをやっているんだから、愚直にやっていればきっとみんなわかってくれる」という少し受身の姿勢を感じることもあるのです。結果的に、素敵な取り組みをされているのに「知られない」「届かない」ケースがある。採用に苦戦して「うちに良さなんて全然ないから」とおっしゃるのです。
でもお話を聞き、現地での活動や利用者の表情を見ると、これが素晴らしい。もっと積極的にPRしましょうと提案すると、「そこまでするのはおこがましい」という感じで引っ込み思案になってしまう。目の前の人のために頑張っている人たちの良さや魅力をもっと伝えたい。そう考えたとき、デザインやクリエイティブの力を通すことができたら正しく届けていくことができるのではないかと考えたのです。
井登:介護に携わる方は職人的というか、「いい仕事をすればいい、語るものじゃない」というところがあるかもしれませんね。自分たちの仕事をもう少し「社会ごと」化して大きく捉えられると、また状況が変わってきそうです。
野沢:業界の特性でもありますが、一昔前の福祉は公的な補助を前提として行なっていく事業でした。そのため、いわゆるマーケティングや営業が必要ない、そういう視点を持つ人が少ない領域です。PRの視点が欠けているため自分たちの良さに気付いていない。それを引き出していくのはBlanketの仕事のかなり大きな部分です。
井登:お話を伺って、デザイン思考の「アウトサイドインとインサイドアウト」を思い出しました。アウトサイドインは外からの客観視、インサイドアウトは自分たちからビジョナリーに出していくといった意味合いがあります。両者は二元論的に扱われがちですが、一緒に考えたほうがいいのではないかと思っています。
自分たちが主体的に発信しているように見えても、実際は外部の視線を意識していたりする。逆に、自分たちがやりたいことを考えていくなかで、それが外からどう認知されるのかを考えて「やっぱりこれがいいんだ」「いや、違うな」と発信の方法を変えたりもします。この行き来は、すごく絡み合っている。
社員が自分たちに向き合うと同時に、採用のプロが外からの視点を提供する。その作用ができている企業は、結果的に採用がうまくいくのかなと。
野沢:おっしゃるとおりで、自分たちだけだと採用のメッセージが外の人に響かないものになったり、会社の良さに気付けなかったりします。逆に「こんなふうにPRするといいですよ」という外からのアドバイスをそのまま受け入れると、自分たちにとってしっくりこないこともある。相互作用という面が強いと思います。
ゴールは顧客の課題を捉え直し、「自走できる組織を作る」こと

井登:Blanketさんは採用アドバイザリーという形で介護や福祉の事業所と関わられているわけですが、コンサルティングのゴールはどこに置いていらっしゃるのでしょうか。
野沢:大事にしているのは「自走できる組織を作る」ことです。実はBlanketという社名の由来もそこにあります。幼児が毛布などに愛着を示す「ブランケット症候群」という状態があるのですが、これは成長するにつれてなくなります。何かが動き始めたときの拠り所になりたいという意味なので、いつかはブランケットを取っていただいていいんです(笑)。自分たちでいい人材が採れる事業所が業界に増えていくことが、私たちのゴールです。
井登:すごくしっくりきました(笑)。私の勝手な解釈ですが、デザインという観点からBlanketさんのお仕事を拝見すると、デザインの本質がよくわかる気がします。今、ビジネスの現場では、デザインというキーワードが問題解決と同義のように捉えられています。そうではあるのですが、短絡的に結びつけるとデザインを誤解し、矮小化してしまうことにつながります。
優秀なデザイナーはもっと幅広く見る。単に問題を解決するのではなく、一つの問題から視野を広げて、「ここだけが悪いのか?」「実は違う部分に本当の問題があるのではないか」というところまで見ていく。課題を捉え直すことこそがデザインのアプローチなのではないかと。
Blanketさんの関わり方もそうで、人手不足に対してプロが手を貸せば、対処療法的にある程度の効果が出るかもしれません。しかし、自分たちのアイデンティティや魅力を自分たちでご理解されない限り、将来的に「自走できる組織」にはなれないでしょう。そういった広い視点で問題を捉えている点が、非常に本質的なデザイン思考だなと。
野沢:ありがとうございます。「人を入れて終わりではない」というのは、私たちがずっと伝え続けてきたことです。クライアントは皆さん、実現したいことや理念がある。私たちにできるのは、その理念を一緒に実現したいという仲間を増やして、みんなが夢中になれる状況を作ることだと考えています。
採用活動のデザインにおいても「意味のイノベーション」が重要

井登:とはいえ、採用活動のデザインにおいては様々な問題が発生してくると思います。野沢さんの感覚として、特に発生しがちな問題はどういったものがありますか。
野沢:よくあるのは、自分たちの状況や実態に合わないイノベーションを持ってこようとすることでしょうか。イノベーションは手段であるはずなのに、何かをするためではなく「組織を変えよう、良くしよう」という思いだけが立脚点になっている。そういうとき、私は「なぜ組織を変えたいのか、変えた先にどうなりたいのか」を問うようにしています。
井登:非常に共感します。ロベルト・ベルガンティという学者が「意味のイノベーション」というアプローチを提唱(※1)していて、彼は人びとが問題解決の方法ばかり、アイデアばかり求めることを批判しました。昔はアイデア自体の数が少なく価値があったけれど、現代はアイデアがあふれている。それなのに、「このアイデアに自分たちが取り組む意味はあるのか?」ということをみんなが問わなくなっていると言うのです。
※1 『突破するデザイン あふれるビジョンから最高のヒットをつくる』(ロベルト・ベルガンティ著・日経BP社)より
アイデアがあり余っている世の中で、なぜイノベーションが起きないのか。それは取り組んでいる「問題」そのものが、たいして意味のないものになっているからだと。アイデアは後回しにしても、自分たちにとって本当に意味があるものは何なのか、あらためて見つめ直す必要があるということです。
これをビジネスに置き換えると、腹落ちするまで考えなくてはならないけれど、それだけでは前に進めない。誰かと議論したり、巻き込んだりして関係性が生まれ始めることで、いやおうなくアクションが進んでいく。一人でやるのではなく、誰かに向けて発信して共有する。そうして歯車を回し始めることが大切なのでしょうね。
野沢:そのテーマについてこれまで考えたことがないのに、急に「我が社にイノベーションを」と振りかざされると、自分ごと化はしにくいですよね。みんながどう思っているのかをすり合わせて、対話する。そこが、これまでのお話に出ていた「問い直し」や、「外の視点と中の視点が入り乱れる」というポイントにつながっていくのかなと感じました。デザイン思考を実地で活用するためには、他者の頭を借りながら問い続けるための仕掛けをしていくことが重要かもしれませんね。
「聞く時間」を増やすことで、アクションを起こせる組織を実現する

井登:最後に、スモールスタートでも、これからデザイン思考を実践してみたいという企業に向けて、何かアドバイスをいただけたらと思います。
野沢:スモールスタートとおっしゃいましたが、まさにそこだと思っています。いきなり「組織のすべてを変える」といった壮大なことでなくていい。これまで様々な組織を見てきて強く思うのは、組織に対してネガティブな方も、ポジティブな方も、それぞれ本当にいろいろと考えていて、批判的あるいは建設的な意見をお持ちだということです。それを聞くことから物事が始まる。小さなことでも話す機会を持てば、意見を言った人たちも課題を自分ごと化してくれます。組織のなかで「聞く時間」を増やしていくことが大事だと思います。
井登:今のお話をデザイン思考で捉えると、「抽象と具象」の行き来というところにつながってきそうです。デザインでは「抽象と具象」を行き来することが重視されます。ビジネスの現場では、人手不足のような喫緊の課題があると、大局的な視点を持とうとしても「もっと具体案を」と言われがちです。しかし、そこで問題を直近の要件だけに落とすと、具体化はするけれど根本は変わらない。かといって大きく捉えるだけでは、具体性に欠けてアクションができない。だからこそ、「抽象と具象」を行き来することが推進力になります。
野沢:私も、自分が「今どの位置の話をしているのか」を観測するというか、メタ認知的な視点を意識している気がします。自分たちの現在地をマッピングするのは、「抽象と具象」を行ったり来たりするためだったのですね。
井登:野沢さんは常に「抽象と具象の行き来」を実践的にやり続けて来られたのだと思います。アクショナブルな組織は、深く大きく考えているけれど、常にアクションが行われています。そのアクションがもたらすフィードバックを拾い直し、また捉え直して、次のアクションを行なっていきます。これはデザイン思考をノウハウとしていく、一つの手段と言えるかもしれません。
この連載の記事一覧
- 採用難度の高い企業ほど真似して欲しい。Blanket野沢悠介氏の採用デザイン思考
- 組織が変われば採用が変わる。自分たちでいい人材が採れる組織を作るためのデザイン思考