連載 動画が広げる採用情報発信の可能性 vol.3

ガジェットやアプリケーションの進化によって動画の撮影や編集が容易となり、動画制作のハードルは下がった。動画制作者たちの裾野も広がり続けてコンテンツは急激に増加し、視聴者の目も肥えてきている。今、オウンドメディアリクルーティングによって企業が採用のための情報発信をしようとしたとき、企業のリアルな姿を伝える動画コンテンツは非常に重要な役割を担っている。

動画戦国時代とも言える状況のなかで、企業の採用力を高める動画を制作するために重要なポイントは何か。採用における動画の可能性を掘り下げるシリーズの3本目では、『動画2.0 VISUAL STORYTELLING』などの著作があり、業界の第一人者と目されるONE MEDIA代表取締役の明石ガクト氏に、動画制作における心構えや思考法について語っていただいた。

明石ガクト氏プロフィール

ワンメディア株式会社 代表取締役CEO
明石ガクト氏
2014年6月に新しい動画表現を追求するべくONE MEDIAを創業。これまで1,000人以上のクリエイターと共に、YouTubeやTikTokなどSNSプラットフォーム向けのコンテンツをプロデュースしている。2018年に、自身初となる著書『動画2.0 VISUAL STORYTELLING』(幻冬舎)を上梓。YouTube Works Awards 2022においてはクリエイターコラボレーション部門代表審査員を務める。最新の著書『動画大全』(SBクリエイティブ)も話題に。
X:@gakuto_akashi

スマホネイティブ世代が採用動画を変えていく

インタビューを受けるワンメディア株式会社 代表取締役CEO明石ガクト氏

──明石さんは2014年にコンテンツスタジオONE MEDIAを創業され、動画制作の第一人者として時代の変化を目の当たりにして来られました。まずは採用動画を取り巻く環境の変化についてお聞かせください。

私がONE MEDIAを立ち上げた時は、企業が人材採用を目的とした動画を作ること自体がまだ多少特別なことでした。しかし現在、多くの企業にとって、採用のために動画を活用することは当たり前になっています。動画の撮影はスマートフォンのカメラでできる。編集だって、以前はプロ仕様の編集ソフトが必須でしたが、今はTikTokが提供するCapCutのように無料で高性能、しかもスマホで使える動画編集アプリもあります。これらの恩恵で、社員が自ら動画を撮り、自分たちで編集して発信できるようになったのは、非常に大きな変化ですね。

これらのテクノロジーを駆使しているのは、スマホネイティブと呼ばれる若い世代です。私の著書『動画2.0 VISUAL STORYTELLING』は、旧来の映像業界が大きなカメラで撮影し、編集所で編集してコンテンツを作っていたことに対するカウンターとして、一眼レフとノートパソコンで制作する新たな動画のあり方を考察しました。今も同じ世代間闘争のようなことが、パソコンとスマホの間で起きています。「パソコンを使わないとコンテンツは作れない」というのは、もう古い時代の感覚なのです。

──今は、そうしたスマホネイティブ世代が企業に入り始めているわけですね。

そうです。彼らの若い力を情報発信に使えている会社と、そうでない会社では、ここ1年ほどで顕著な差が顕れてきていて、TikTokの使い方が象徴的です。TikTokには企業のアカウントがたくさんあり、米国ではベンチャーキャピタル(VC)ですらTikTokをやっています。そうしないと若い起業家との接点が作れないからです。経済合理性を一番追求するVCが、TikTokを活用するというジャッジをしているのです。

TikTokは「グローバルな動画コミュニティ」へと戦略的にコンセプトを広げていて、SNSで人とつながり、リーチする力を重視しています。これからの企業が若い人たちに訴求していこうと思ったら、こうしたコミュニティの輪のなかに入っていくしかない。現在は、動画を使わないと輪に入れないプラットフォームやSNSがすごく増えていて、その急先鋒がTikTokだと言えます。

──TikTokではどのような動画がユーザーに好まれるのでしょうか。

会社の若い世代が、自社の魅力を伝えようと試行錯誤して、いろいろとチャレンジしているコンテンツは人気がありますね。例えば、とある警備会社の非常に有名なTikTokアカウントがあります。一見TikTok向きではない“おじさん社員”たちの日常を、若い社員の目線でユーモラスに切り取っていて、会社のブランディングや、採用につながる魅力がうまく表現されています。

また、採用動画ではありませんが、地方の外国車ディーラーのスタッフがTikTokを始めたところ、人気のあまり他県からその店舗に車を買いにくる人が増えて、売上向上に貢献した事例もあります。ブランドイメージのコントロールに厳しい外国車ディーラーが、現場で始まったものを認めたことも時代の変化を象徴する出来事です。

今までは、企業が発信する動画は質を高くしなければいけない、プロでないと作れないという認識があったと思います。しかし、スマートフォンで作るショートビデオ全盛の時代において、こうした思い込みは企業にとって足枷にしかなりません。この認識の違いは、今後の企業ブランディング能力に大きな差をつけていくのではないかと感じています。

採用動画を作る際に欠かせないゴールの確認と使い分け

インタビューを受ける明石氏

──ここからは動画制作における姿勢やスタンスについて伺います。「企業内の動画リテラシーが高くなく、企画を出しても茶々が入ってつまらなくなる」といった悩みを聞きます。動画担当となると若手の方も多いですが、社内で協力体制を構築するコツはありますか。

まずは何のために動画を作るのかという目的やゴールを確認し合うことが大事です。

企業PR映像は、会社説明会や創業イベントなどで上映される10分くらいの長尺のものでした。なかば視聴が強制される環境だから、会社の沿革、歴史、ヒット商品のストーリーなどいろいろな情報が詰め込まれていても許されたわけです。

しかし、今の採用動画の主戦場であるSNSの世界はそうではない。冗長であればスキップされてしまうし、ライバルの動画は全て1分以内に魅力やメッセージが詰まっています。1分で言えることって、本当に一つぐらいしかないんですよ。

つまり、かつての企業PR動画や採用動画とは全く違う環境や時間軸で見せるものであり、異なるダイナミズムのなかで“効く”ものを作らなくてはいけない。そうした新しいゲームのルールを社内で共有する必要があります。

こうしたケースはレガシーな企業などで特にありがちで、私がこういった企業とお仕事をさせてもらうときは、最初に勉強会を設定します。今の動画の常識やルールがわかれば、上の人も適切なジャッジがしやすくなるでしょう。

──お話を伺っていて、今後は企業と動画制作会社の間にも変化が起きそうだと感じました。

ONE MEDIAも採用動画を多く作ってきましたが、使い分けが大事だと感じています。

これまでの採用動画や映像の制作会社は「量よりも質」と言いがちですが、すでに転職に対して能動的に動いている求職者に届ける場合、情報が充実した長尺な映像であっても、積極的に診てもらえる可能性が高い。

一方で、TikTokやYouTubeのようなプラットフォームは、量がないと覚えてもらえません。とはいえ、制作会社が大量の動画を日々制作し、発信UPし続けるのは難しいので、冒頭で言ったように社員が自らコンテンツを作れるようにする。ONE MEDIAも、企業がクリエイターになるサポートをするコンサルタント的な動きを重視しています。

今、YouTubeはGoogleに次ぐ世界第2位の検索エンジン(*1)になっています。一説によれば、YouTubeには1日になんと86年分の動画がアップされる、なんて話もあります。そのなかで、いくらクオリティが高くても、たった1本の動画では戦えません。存在感を発揮するためには、毎日投稿するなどして単純に接触効果を上げていかないと、今のようにコンテンツの物量が増大している時代には勝てません。

*1 参照元:www.thetealmango.com “20 Most Visited Websites in The World 2022”

さらに、採用対象者と新たに接点を持つためには、YouTubeやTikTokといった各プラットフォームの特性を考え、そこの“作法”に合った動画を作る必要がある。スマートフォンやYouTubeなど、“どこで見られるか”を想像しながら作ることが大切です。各プラットホームの“力学”や“型”を理解していないと、拡散する動画は作れません。タイトルやサムネイルも含めて「この動画を見たら何が得られるのか」という期待値をうまく作るのが、インターネットの常識です。そこでは、プラットフォームの人気クリエイターとコラボするとか、企業自身がクリエイターとして発信することが重要になります。

──「良さそうな会社だ、入社しても大丈夫そうだ」と思っていただくためには、どんな動画を作ればいいでしょう。

毎日公開して単純接触効果を狙うような動画を「(企業との)フレンドシップを深める動画」と捉えた場合、その会社に「応募してみよう」と思わせるには、フレンドシップを超えて「コミットさせる動画」が必要になります。

コミットを引き出すためには、会社のミッションに共感できたり、この事業領域で頑張りたいと思えるなど、「認知・好意がある状態」から、「深い共感の状態」へ引き込む必要がある。しかし、会社のプロダクトやミッションが壮大であるほど、テキストだけで伝えることは難しい。そんなときこそ動画の出番です。

例えばTOYOTAのオウンドメディアである「トヨタイムズ」は、YouTubeの動画やCMと連動した複合的なメディア展開をすることで、TOYOTAが単なる自動車の会社ではなく、モビリティカンパニーという未来の移動手段を提供する会社だというブランド理解が進んだわけです。

企業のミッションを伝えるうえで動画は非常に優秀なメディアです。かつては「企業がやるなんてあり得ない」と言われていたYouTubeやTikTokを、企業が次々に利用している。同じことが今後、VRやメタバースといった新しいプラットフォームで行なわれていくと考えています。

「採用力を高める」動画作りは、第三者視点と事実との向き合い方が鍵

インタビューを受ける明石氏

──「採用力を高める」動画作りの要諦はどういったところにあるのでしょうか。

クライアントと話すと、「この会社なら、もっと別のPRポイントがあるのに」と感じることが多々あります。そのポイントが、内部の人には当たり前のことになってしまっている。それゆえに、自分たちで考えた「新しいPRポイント」を取り上げようとして、ずれてしまうケースが多いのです。

要は、第三者的な視点が欠けている。そこでお勧めしたいのが、若手の力を借りることです。彼らは長い間その企業にいるわけではないので、先輩や上司よりも新鮮かつ客観的な目線でアピールポイントを発見できます。

次に重要なのは、事実を「どう伝えるか」という切り口ですね。以前、布おむつを作っている会社の方から「働いてくれる人が全然集まらない」と相談されました。布おむつは保育園などでは「トイレデビューが早くなる」という評価があります。今の紙おむつは高性能ですから、不快感が少ない。一方で、布おむつは排泄すると不快感があるからこそ、早く自分でトイレに行きたくなるらしいんですね。

であれば、その会社のミッションは「布おむつを作ること」ではなく、「人が早く一人前になるお手伝いをする」ことと捉えられるんじゃないか。そんなメッセージを動画で伝えたら、共感する人が増えるかもしれないと話しました。

自分たちの事業や製品が世の中に受け入れられていることには間違いなく意味がある。でも長く一つの企業にいると、その意味に敬意を払わなくなってしまう。古くても、変わらなくても、意味があるから顧客がいるという事実にもっと敬意をもって接すれば、新しい切り口や表現の仕方が生まれてくるのではと思います。

──最後に、動画の制作において明石さんが大切にされている思考プロセスのようなものがあれば、ぜひご教授ください。

先日の対談(採用における動画の可能性を掘り下げるシリーズの1回目の記事)では「発明より発見」という言い方をしましたが、さらに深く掘り下げると、自分が「発見」する瞬間に対して敏感になることです。会社にあるいくつかの事実のなかで、自分が惹かれるファクトを見つけたときに「いいなぁ」と思う感覚にアンテナを張り、感覚を磨くことが重要じゃないかと思います。

「発見」の後に私が行なうのが「脱構築」です。この企業は「なぜこういうコミュニケーションをしているのか」、「自分はなぜ惹かれたのか」ということを分析しながら、ファクトをインフォメーションやエモーションなどの要素に分解・分類する。次に、それらの要素が多くの人にも魅力として伝わるように、動画を出すプラットフォームに合わせた形式で翻訳していく。その一連の流れが、私の思考プロセスのように思います。

例えば、先日の対談(1回目の記事)でも取り上げた東京海上日動の採用チャンネルにおける「モンハン保険」は、保険業界にある興味深いファクトを分解・分類し、YouTubeの定番であるゲーム実況という“型”に合わせて翻訳したようなものですね。

このように“型”に合わせると、動画自体の拡散にもつなげられます。YouTubeはゲーム実況など動画のジャンルによって、おすすめ動画が表示されるアルゴリズムになっているからです。こういった点は細かいテクニック論ですが、知っておいて損はないかと思います。

「モンハン保険」のイメージ
ハンティングアクションRPGゲーム「モンスターハンターライズ」とコラボレーションした「モンハン保険」。就職先として東京海上日動に興味を持ってもらうための新卒採用向けコンテンツとして制作された

あとは、採用動画を制作するうえで重要なのは、会社の嘘がない姿、背伸びしていない姿を見せることです。動画というメディアは、特に「嘘が悪目立ち」します。視聴者のリテラシーが高くなっている現在では、その傾向がより強い。

だからこそ、分たちと本当に一緒に働きたいと思える人材へ情報を届け、共感してもらうには、その会社で働く自分たちのファクトをベースに発見したものに根ざした内容を動画にしていくことが重要だと考えています。これはTikTokやYoutubeなどの動画であっても、プロが制作した長尺の動画でも変わりません。

これからもYouTubeやTikTokのように新しいプラットフォームが続々と登場し、そのなかで流行りすたりが出てくるでしょう。すでに「TikTokで踊る動画」が古いと言われてしまうようなスピード感です。こういった変化の兆しは、そのコミュニティに居続けないとなかなか掴めないもの。だからこそ、そのコミュニティにいる若い世代の力を借りることです。彼らが主体となって発信していくことが、これからの採用動画の制作において、キーになっていくように思いますね。