変形労働時間制とは
原則として、労働時間は「1日8時間、1週間40時間」と労働基準法で定められています。これを超えた場合は時間外労働となり、企業は労働者に残業代を支払わなければなりません。
一方で、繁忙期と閑散期があるように、業務の多忙さに大きな差がある業種もあります。そこで、より柔軟な働き方を実現するために設計されたのが「変形労働時間制」です。
変形労働時間制とは、週・月・年単位で労働時間を柔軟に調整できる制度です。一般的には「1か月単位」「1年単位」の変形労働時間制が多くの企業で採用されていますが、ここでは「1か月単位の変形労働時間制」について解説していきます。
1か月単位の変形労働時間制とは、要約すると「1か月のトータルで労働時間の調整ができていれば、時間外労働にはあたらない(残業代は発生しない)」という考え方に基づいて運用される労働時間制度です。
具体的には、1か月以内の一定期間を平均した1週間あたりの労働時間が40時間(特例措置対象事業場は44時間※1)の範囲内であれば、特定の週の労働時間が40時間、または特定の日で8時間を超えても問題なし、つまり労働基準法(第32条)違反とはなりません。
参考:「1か月単位の変形労働時間制」p.3「時間外労働(割増賃金)の考え方」(厚生労働省)
仕事状況に応じて1週間・1か月・1年の単位でそれぞれ労働時間を柔軟に設定できるのが変形労働時間制の強みといえるでしょう。
※1……常時使⽤する労働者数が10人未満の商業、映画・演劇業(映画の製作事業を除く)、保健衛生業、接客娯楽業
1か月単位の変形労働時間制に向いている業種
変形労働時間制の導入事例を見ると、1か月の期間内で業務の繁閑差がある、つまり「忙しい時期」と「そうではない時期」の差が大きく開いている企業や業種に多い傾向があります。具体的には、次の業種において「1か月単位の変形労働時間制」が多く採用されています。
- 卸売・小売業
- 医療・看護・福祉
- 運輸・運送業
- 経理・人事・総務などの事務職
- ホテル・旅館などの宿泊業
- 飲食店
- その他サービス業
月の前半は比較的ゆとりがあるが最終週になると業務量が激増するなど、労働時間の変動が大きい仕事であれば、1か月単位の変形労働時間制導入を検討してよいでしょう。
1か月単位の変形労働時間制のメリット
変形労働時間制を導入することによって、企業には次のようなメリットとデメリットがあります。
◆企業側のメリット
- 「多忙な月初は労働基準法で定められている限度よりも労働させることができ、月初以外では労働時間を減らす」などの柔軟な労働時間の設定が可能になる
- 繁忙期の残業代や休日出勤手当を削減できる
労働者側としては閑散期の勤務時間が通常より短くなることで、毎月メリハリをつけて仕事に取り組めるようになるメリットがあります。
◆企業側のデメリット
- 割増賃金の支払いが必要な時間外労働となる時間の考え方が複雑であるため、残業代の算出方法に時間がかかる
- 労働日と労働日ごとの労働時間を事前に定める必要があるため、毎月シフト表を作成・管理する必要がある
1か月単位の変形労働時間制導入の流れと注意点
企業が「1か月単位の変形労働時間制」を導入する際には、労使協定または就業規則によって次の事項を定める必要があります。
1. 対象労働者
労働基準法上の定めはないが、対象となる労働者の範囲を明確に定める。特定の部署や職種のみを対象にすることも可能。
2. 対象期間および起算日
「1か月」という対象期間が、毎月のいつからいつまでにするかを具体的に定める。
3. 労働日および労働日ごとの労働時間
勤務表やシフト表等を事前に作成し、対象期間のすべての労働日ごとの労働時間を具体的に定める必要がある。特定した労働日や労働日ごとの労働時間を、任意に変更することはできないので注意が必要。
4. 労使協定の有効期間
労使協定を締結して導入する場合の有効期間は、3年以内程度とすることが望ましい。締結した労使協定や作成・改定した就業規則は、所轄労働基準監督署に届け出なければならない。
1か月単位の変形労働時間制で割増賃金
変形労働時間制において時間外労働をさせる場合、次のようなケースでは割増賃金の支払いが必要となります。
1. 1日については、8時間を超える時間を定めた日はその時間、それ以外の日は8時間を超えて労働した時間
2. 1週間については、40時間(特例措置対象事業場は44時間)を超える時間を定めた週はその時間、それ以外の週は40時間(特例措置対象事業場は44時間)を超えて労働した時間(1で時間外労働となる時間を除く)
3. 対象期間における法定労働時間の総枠を超えて労働した時間(1または2で時間外労働となる時間を除く)
変形労働時間制における時間外労働の考え方は複雑であるため、企業としては法定労働時間を超過しないよう管理が必要です。
一方で、1か月単位の変形労働時間制を導入したところ労働者側から「繁忙期の負担は変わらないのに残業代が支払われなくなった」と受け止められ、トラブルに発展するケースもあります。導入前には労働者側にも企業の方針、変形労働時間制の内容をきちんと理解してもらった上で、運用を進めていきましょう。
なお、育児や介護を行う人、またそれ以外にも特別な配慮が必要な人については、その人が育児・介護等に必要な時間を確保できるように配慮しなければならないとされていることに注意する必要があります。
<取材先>
社会保険労務士法人 小林労務 大阪オフィス パートナー社会保険労務士
小松容己さん
東京都出身。明治大学経営学部卒業。2016年に株式会社小林労務に入社し、20年に「社会保険労務士」登録。22年3月、大阪オフィスの所長に就任。社会保険や労働保険手続き、給与計算実務、就業規則の作成・精査をはじめ、雇い主と従業員間のトラブル対応やセミナー講師等、多数実績あり。
TEXT:阿部花恵
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト