服務規律の概要と必要とされる背景
服務規律とは、業務遂行において従業員が遵守すべきルールをまとめたもので、法令で策定が義務付けられているわけではありません。服務規律を定める目的も企業によって異なります。
◆企業に服務規律が必要とされる背景
- 職場の秩序の維持
- 業務効率や生産性の向上 など
業務遂行上のルールや遵守事項、禁止事項を明確にすることで企業・職場における秩序を維持でき、その結果、業務効率や生産性の向上が期待できると考えられます。
◆就業規則との違い
「就業規則」は、従業員の賃金や労働時間といった労働条件に関することや規律などを定めた職場における規則集を指します。なお、「服務規律」は就業規則の一部となります。
服務規律の策定が企業の義務でないのに対し、就業規則の場合は常時10人以上の従業員を使用する事業主に労働基準法第89条で以下の項目が義務付けられています。
- 就業規則の策定
- 事業所を管轄する労働基準監督署への届け出
具体的にどのような内容を定めるのか
服務規律の内容は、次の3つに分けられます。
1.労働者の服務上の規律
出勤や退勤に関する規律、遅刻・早退・欠席・休暇の手続き、服装規定 など
2.企業財産の管理・保全のための規律
企業財産の保全、施設の利用制限 など
3.従業員としての地位・身分による規律を付加したもの
企業の信用の保持、兼職・兼業の規制、公職立候補・公職就任の取扱い など
なお、服務規律を策定する際は、条項を就業規則に盛り込みます。厚生労働省の「モデル就業規則」では、以下のように記されています。
(服務)
第10条 労働者は、職務上の責任を自覚し、誠実に職務を遂行するとともに、会社の指示命令に従い、職務効率の向上及び職場秩序の維持に努めなければならない。
(遵守事項)
第11条 労働者は、以下の事項を守らなければならない。
①許可なく職務以外の目的で会社の施設、物品等を使用しないこと。
②職務に関連して自己の利益を図り、又は他より不当に金品を借用し、若しくは贈与を受ける等不正な行為を行わないこと。
③勤務中は職務に専念し、正当な理由なく勤務場所を離れないこと。
④会社の名誉や信用を損なう行為をしないこと。
⑤在職中および退職後においても、業務上知り得た会社、取引先等の秘密を漏洩しないこと。
⑥酒気を帯びて就業しないこと。
⑦その他労働者としてふさわしくない行為をしないこと。
引用:厚生労働省「モデル就業規則 全体版(令和3年4月)」
服務規律の作成のステップ
服務規律を策定する際は、労働基準法の規定に基づき就業規則を変更する必要があります。手順は以下の通りです。
1.服務規律を作成する
2.労働者の過半数で組織する労働組合または労働者の過半数を代表する者の意見を聴取し、意見書を作成する
企業は服務規律の策定の目的と内容を十分に説明し、理解を得ることが重要です。
3.就業規則変更届の提出
2で作成した書類を就業規則変更届に添付し、事業所を管轄する労働基準監督署に提出します。
4.従業員への周知
就業規則を変更したことや服務規律の内容などを従業員に周知します。通知方法は、事業所内の見やすい場所への掲示や書面、メールなどです。
◆服務規律の見直し
社会の変化に応じた法改正や働き方の変化によって、服務規律の内容も変化する可能性があります。たとえば、2020年6月1日(中小企業は2022年4月1日より適用)にハラスメント防止を目的とした「労働施策総合推進法」の改正がされたことで、服務規律・懲戒事由にハラスメントに関する事項を追加する企業も少なくありません。また、在宅勤務やテレワークの普及に伴い、服務規律を修正するケースもあります。
なお、服務規律を修正する際は、策定時と同様の手順を踏みます。
服装や化粧など、身だしなみについても命令できる? ハラスメントに当たる可能性は
従業員の服装や身だしなみ、メイク、髭や髪形、髪色などは、個人の人格的利益(自己決定権)や表現の自由の観点から、基本的には従業員個人が自由に判断できるものです。
しかし、下記にあたる場合、一定程度の規制についてはその必要性が認められます。
- 企業・職場における秩序維持を目的としたもの
- 職種や業務内容に沿った合理的な範囲の規制(服務規律)
上記の内容は職種や業種によって異なります。たとえば、飲食店などの接客職や営業職など直接顧客と接するような立場では、企業イメージや信用に関わることから、制服の着用を指示したり、メイクや髭・髪形・髪色をある程度指定することが認められるでしょう。
また、製造工場などでは、機械の巻き込みなどのリスク回避のために、服装(袖や裾など)や髪形をある程度指定することもあります。
なお、服務規律違反の処分の妥当性とパワーハラスメントの該当性は本来別であり、直接関連するケースはあまり多くありません。
◆パワーハラスメントに該当するケース
前述した通り、服務規律違反の処分の妥当性とパワーハラスメントの該当性は本来別です。
しかし、下記に該当する場合、従業員が裁判を起こした際に「過度の規制」と見なされ、裁判所からパワーハラスメントと認定される可能性があります。
- 「職種や業務内容による合理的な理由」がないにもかかわらず、使用者の好みで身だしなみに関する服務規律を定め、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、従業員に順守を強いた場合
- 「職種や業務内容による合理的な理由」がないにもかかわらず、使用者の好みで身だしなみに関する服務規律を定め、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、従業員に不相当な懲戒処分を課した場合
服務規律に違反する従業員がいた場合の対処法
従業員が服務規律に違反した場合、企業は下記のいずれかの懲戒処分を検討します。
- 勧告…文書や口頭で注意する
- 譴責(けんせき)…従業員に始末書を提出させる
- 減給…賃金の一部を差し引く
- 出勤停止…一定期間の出勤を停止する
- 降格…階級や職能資格などを引き下げる
- 論旨(ゆし)解雇…従業員に退職届の提出を勧告する。提出がなければ懲戒解雇とする
- 懲戒解雇…一方的に従業員との労働契約を解約する
◆懲戒処分内容の選択ポイント
企業は「服務規律違反の内容や程度を慎重に確認・検討」したうえで、次の点を考慮して処分の内容を選択することが重要です。
- 懲戒処分の内容と軽重のバランス
- 過去の事例における懲戒処分の内容・軽重との公平性 など
上記の2点を考慮せず処分内容を選択した場合、仮に服務規律違反が認められたとしても、解雇無効と判断されるケースがあります。
なお、下記に該当する場合、懲戒処分の効力が否定される可能性があるので注意が必要です。
- 就業規則上の懲戒事由に服務規律違反が含まれていない
- 服務規律の存在や内容を従業員に周知していない
- 違反行為の内容・程度から、懲戒処分の内容や軽重のバランスを欠いている
- 過去の事例における懲戒処分の内容・軽重との公平性を欠いている
◆勤務時間外の行為も服務規律違反になるのか
たとえ勤務時間外であっても、会社の名誉や信用を損なう行為をした場合は服務規律違反に該当する可能性があります。その場合、企業は就業時間内の服務規律違反のケースと同様に、慎重に確認・検討した上で処分の有無や内容を選択します。
服務規律は、業務遂行上のルールや遵守事項、禁止事項を従業員に明確に示すことで、企業・職場における秩序維持を図ることが目的です。まずは、策定時に従業員に周知をして、服務規律の存在や内容を認識してもらうことが重要です。
※記事内で取り上げた法令は2022年7月時点のものです。
<取材先>
弁護士法人イノベンティア 弁護士 平野潤さん
京都大学法学部卒業。総合事務所の勤務や個人事務所の代表を経て、2018年12月に弁護士法人イノベンティアに所属、2022年1月より同事務所のパートナー弁護士に就任。知的財産法やコーポレート、労働法を専門に扱う。
TEXT:畑菜穂子
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト




