ブラザーシスター制度とは
ブラザーシスター制度は、新入社員の定着を目的に、年の近い先輩社員が橋渡しとなり新入社員が徐々に組織に馴染めるように支援するものです。
◆企業がブラザーシスター制度を導入する背景
企業にとって、新入社員の早期離職が課題となっています。厚生労働省の発表では、入社後3年以内の離職率は、新規中卒就職者が57.8%、新規高卒就職者が35.9%、新規短大卒就職者が41.9%、新規大卒就職者が31.5%となっています。また、多くの企業が新卒採用における母集団形成や採用人数確保に課題を感じています。新規人材の獲得が難しいため、より新入社員の定着が注目されているのです。
このような背景から、企業がブラザーシスター制度を導入して、新入社員の育成・定着を目的としています。
チューター・エルダー・メンター制度との違い
ブラザーシスター制度と混在しやすいものに、チューター制度、エルダー制度、メンター制度があります。
◆チューター制度
おもに新入社員を対象とした制度です。「業務に馴染む」ことを目的とし、チューターが新入社員に実務の指導をします。
◆エルダー制度
おもに新入社員を対象とした制度です。イメージとしては、ブラザーシスター制度とチューター制度を組み合わせたような内容です。ブラザーシスター制度の場合、指導者とは別にOJT担当者が割り当てられますが、エルダー制度は指導者がOJT担当者を兼任します。
◆メンター制度
全社員を対象とした制度です。指導を受ける社員(メンティー)のキャリア形成や部署外のコミュニケーションを目的としています。組織にイノベーションを起こすことを目的として、外部のサービスや経営者同士のコミュニティなどを活用し、役員にメンタリングを行うケースもあります。
ブラザーシスター制度のメリット、デメリット
◆ブラザーシスター制度のメリット
・新入社員の離職率改善・定着率向上につながる
ブラザーシスター制度の導入目的の一つであり、メリットでもあります。新入社員が定着し、スキルや経験を身につけることで、企業の成長にも影響します。
・先輩社員のマネジメントスキル向上につながる
ブラザーシスター制度の指導役となるのは、新入社員と年齢の近い社員です。マネジメント経験に乏しいものの、今後のキャリアアップのためにはマネジメントスキル向上は欠かせません。実際に新入社員を指導・サポートしていくことで、マネジメントの基礎を学ぶことができます。
・職場の人間関係の構築につながる
制度を通じ、指導役社員と新入社員の信頼関係の構築ができることで、職場環境にもいい影響を及ぼします。
◆ブラザーシスター制度のデメリット
・先輩社員の業務負担の増加につながる
先輩社員は通常の業務に加えて新入社員のサポートが求められるため、ときには自分の業務を止める必要が生じ、残業しながらでないと業務をこなせなくなる可能性があります。
このようなデメリットを回避するには、全従業員がブラザーシスター制度について理解し、指導者の業務を分担するなど協力体制を築くことが重要です。
全従業員の出席を前提とした会議などでブラザーシスター制度の導入意義を説明するなどの働きかけをしましょう。
・新入社員の自立心を養いにくくなる可能性がある
新入社員が課題に直面した場合、その都度指導者に相談していては、自身で課題を解決する力を身につけるのが遅くなる可能性があります。
先輩社員がただ技術やノウハウなどを教えるのでなく「コーチング」を意識する、物事の解決方法を直接教えるのではなく、解決方法に気づくヒントを教えるなどの指導内容を行う必要があります。先輩社員を対象にしたコーチング研修を実施する企業もあります。
・(指導方法によっては)より離職率が高まる可能性がある
たとえば、職場の飲み会が苦手だという新入社員に対し、頑なに参加を促すような指導をすると、悩みを抱えたまま離職してしまう可能性があります。
このような事態を避けるには、新入社員と性格や価値観の近い指導役社員をマッチングすることが重要です。性格や価値観が似ていれば悩むポイントも似ている可能性が高く、新入社員の気持ちに寄り添い、具体的な解決方法を提示できるからです。
ブラザーシスター制度の成功事例とは
ブラザーシスター制度の導入に成功したケースとして、アサヒビールの事例が厚生労働省から公開されています。アサヒビールでは「人こそが最も大事な経営資源」という理念・方針を立て、社員一人ひとりがプロフェッショナルとして自立する支援を行っています。
入社後約4カ月間と制度の実施期間は短いものの、指導役を公募で決めることで、意識の高い若手社員が集まり、効果的な運用につながっています。期間終了後もブラザーシスターの信頼関係は続いており、良い人間関係を構築できていることに加え、新入社員が若手社員になり、自らブラザーシスターになる好循環も生まれています。
アサヒビールの成功事例では、理念・方針として人材を大切にしているだけでなく行動や仕組みとしても体現されていること、制度の期間を超えた関係構築ができていることが特徴です。その結果、新入社員の離職率1%未満を実現しています。
ブラザーシスター制度導入の流れと注意点
◆1.目的の明確化
制度を導入する理由や導入後の組織のあり方など、目的をはっきりさせます。このときに「会社をよりよくする」といった抽象的な目的でなく「新入社員の3年以内の離職率を改善する」など具体的に設定しましょう。
企業によっては、ブラザーシスター制度の指導役に期待する内容を人事評価項目に組み込むケースもあります。
◆2.目標の明確化、社内周知
1で設定した目的から、具体的な目標を設定します。たとえば、新入社員の3年以内の離職理由として人間関係がある場合、具体的な改善目標となるKPIを設定することが望ましいです。改善すべき目標があることで従業員の共有意識が生まれやすくなり、現実的に達成可能かどうかも試算できます。
仮に離職理由が「事業縮小による営業所閉鎖」の場合、ブラザーシスター制度では改善できないため、導入そのものを見直す必要があります。
制度の導入が決定したら、全従業員に周知しましょう。
◆3.対象となる社員の選定、実施期間の決定
立候補制、人事が選定するなど、指導役となる先輩社員の選定方法もあらかじめ決めておきましょう。
半年や1年など、ブラザーシスター制度の実施期間を決めておくことで、周囲の従業員のサポートも得られやすくなります。
◆4.新入社員と指導役の先輩社員をマッチングする
新入社員の配属先が決まったら、指導役となる社員のスキルや性格、価値観と新入社員の性格、価値観との相性を考慮してマッチングをします。
人事担当者は指導役に「結論から先に説明した方が理解しやすい」「1から順に説明した方が理解しやすい」など、新入社員がどのようなコミュニケーションをとることが望ましいかを共有します。場合によっては、指導役に研修を行います。
◆5.運用、振り返り
制度の運用を新入社員と指導役に任せてしまうと「悩みを抱えているのに面談が実施されない」「悩みはないのに面談の時間だけ確保されて時間が無駄になっている」など、制度が形骸化する恐れがあります。場合によっては、人事担当者が制度で課題に感じることを、新入社員と指導役それぞれにヒアリングし、サポートすることが大切です。
また、離職率を目標として掲げていると「離職していないから大丈夫」「離職したから手の施しようがない」と離職状況にばかり目が行きがちになってしまいます。こうした事態を避けるために、「月◯回の面談を実施できているか」「新入社員の遅刻や無断欠勤は発生していないか」「ストレスチェックや従業員満足度は低下していないか」など目標を細分化し、離職に関係しそうな指標を計測してフィードバックしていくことも有効です。
ブラザーシスターに限らず、人材育成に関わる制度は「何を導入するか」を重視してしまうと、形ばかりの制度になってしまいかねません。「制度を運用することでどのような課題を解決したいのか」という目的意識を明確にし、社内に共有することが肝心です。
※記事内で取り上げた法令は2023年1月時点のものです。
<取材先>
株式会社ミツカリ マーケティングマネージャー 山口彰太さん
ひとりひとりの性格や相性を理解・分析して個と組織の力を最大化するHR Tech「ミツカリ」のマーケティング責任者。立ち上げた経営者・人事担当者向けブログは今でも月間数十万人の方に読まれ続けている。適性検査を「採用時に使う」ツールから「採用後にも使える」ツールとして市場認知を変革するために日々奮闘している。
TEXT:畑菜穂子
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト
