安全に働いてもらうための健康診断
――企業が実施する従業員の健康診断には、どのような目的がありますか?
まず、健康診断の位置づけですが、健康診断は労働安全衛生法に基づき、各社基本的には1年に1回、従業員に対して行わなければならないものです。会社規模に関わらず、企業が費用を負担すること、診断結果を5年間保管することが義務付けられています。さらに従業員数が50人以上の企業は、その結果を労働基準監督署に報告しなければなりません。
健康診断を実施する目的は、従業員の健康状態を把握し、その結果によって労働時間の短縮や作業転換などを行って、命に直結する脳・心臓疾患の発症や生活習慣病等の悪化を防ぐことです。従業員個人の健康を守るものでもありますが、会社にとって一番大きな目的は、従業員に継続して安全に働いてもらうこと。単なる従業員へのサービスではないことを認識してもらいたいです。
――健康診断の種類や検査項目について教えてください。
健康診断には、一般健康診断と特殊健康診断があります。
◆一般健康診断
年に1回、定期的に実施します。そのほか、雇入時に行う健康診断や海外に渡航する前と帰国時に実施するものなどいくつか種類があり、状況に応じて行います。
◆特殊健康診断
潜水業務や放射線業務など法令で定められた業務や特定の物質を取り扱う労働者に対して、6カ月に1回実施します。
◆検査項目
労働安全衛生法で定められており、以下が基本項目です。
- 既往歴・業務歴の調査
- 自覚症状・他覚症状の有無の検査
- 身長・体重・腹囲・視力・聴力の検査
- 胸部X線検査
- 血圧
- 尿検査
- 貧血
- 肝機能
- 血中脂質検査
- 血糖
- 心電図
このほか、がん検診などがオプションとして入るなど、内容は企業によって異なります。ただし、企業側が知るべき項目は法律で定められた上記11項目に限られるので、それ以外の項目を検査したとしても、企業がその結果を把握する義務はなく、逆に把握するには本人の同意などに留意しなければいけません。
健康診断を行わないリスクとは
――健康診断を行わないと、どのようなリスクが発生しますか。
義務付けられた健康診断を実施していない企業には、労働基準監督署の指導を受けたり、刑事罰として50万円以下の罰金が科せられたりする可能性があります。労働者側についても、健康診断の受診は権利ではなく義務ですから「受けたくないから受診しない」ということは通用しません。罰則の対象にはなっていませんが、自分の健康を守ることにつながるのできちんと受診しましょう。
――結果を知ることができるのは、社内のどのような立場の人になりますか?
常時50人以上を雇用する会社の場合は、社内に配置が義務付けられている衛生管理者です。産業医や保健師などの医療職がいる場合は、その人が担当することになります。従業員数50人未満の場合は、安全衛生推進者か衛生推進者、健康診断を担当する従業員が診断結果を取り扱います。
担当者は診断結果を把握しなければなりませんが、2005年4月に個人情報保護法が施行された影響もあり、社員に遠慮して健康診断の結果を「見てはいけない」という誤った捉え方をしている会社もあるようです。健康診断の目的から考えて、結果を把握しないのは誤りなので、結果を必ず確認しておきましょう。ただし、担当者はその情報を受診者本人以外に漏洩しないよう注意しましょう。
――健康診断後に担当者が行う作業を教えてください。
健康診断は実施したら終わりではありません。担当者がしなければならないのが以下の6項目です。
1.結果の把握
検査結果は、病院から個人と企業の両方に送られる場合や、本人にのみ結果が送られて従業員が会社に提出する場合などがあります。どちらにしても、必ず企業側が結果を把握しなければなりません。
2.個人健診結果表の保存
通常の保存期間は5年間。特別管理物質関係は30年間、石綿は40年間などです。各々に関連する物質によって保管期間が異なるので注意してください。
3.健診結果の労基署への報告
従業員数が常時50人以上の場合に必要です。
4.結果について医師から意見聴取
各従業員に対して、通常勤務で良いのか、就業の制限や休業が必要かといった判断をしなければなりません。産業医がいる企業の場合は産業医が、産業医の選任義務がない50人未満の企業の場合は、地域の産業保健総合支援センターにご相談ください。
5.保健指導・受診勧奨
担当者が結果を細かく見るのは難しいと思うので、健康診断の判定結果として「要精密検査」「要受診」などが付いている場合に、この結果の指示に従うよう従業員に伝えましょう。結果によって企業が業務体制などを見直さないといけない場合は、その旨を報告してもらうことも必要です。
6.事後措置
対応が必要な従業員の安全と健康を守るために、適正に配置します。例えば、高血圧の診断を受けた従業員は夜勤を避けるなど、血圧が上がらないような業務を担当してもらうことが必要です。判断の際は、4で聞いた医師の意見も参考にします。
これらの対応を怠り、従業員が亡くなるなど深刻な状態に陥った場合、大切な従業員を失うだけでなく安全配慮義務違反で訴訟に発展するケースもあり、企業にとっては大きなリスクです。回避するためにも健康診断後に必要な対応をきちんと進めていきましょう。
健康に長く働けることは会社にも従業員にもプラスに
――健康診断は、従業員個人はもちろん、企業にとっても非常に重要な意味を持つものなのですね。
健康診断を適切に実施し、結果に応じて病院を受診してもらうことで、深刻な事態に発展する前に病気の芽を摘み、従業員の健康を守ることができます。また、健康状況に応じて職場の人員配置を変えることで、体調不良による事故や従業員の健康状態の悪化を防ぎ、会社のリスク管理を適切に行うことができます。
従業員の健康を維持することで、長期にわたって元気に仕事をしてもらえる、これは企業にとっても従業員にとっても大きなメリットです。健康診断の正しい意味と対応の仕方を知って、大切な人材を守りましょう。
※記事内で取り上げた法令は2022年12月時点のものです。
<取材先>
株式会社トラストチャーム 代表 藤吉奈央子さん
関西を中心に複数の企業で保健師として活動。産業看護職の育成に関わる傍ら、人事労務担当者・経営層向けの研修講師なども行う。また、大阪産業保健総合支援センターで相談員・両立支援促進員として大阪府内のがん拠点病院を中心に“治療と仕事の両立”に関する相談対応や医療職向けのセミナーなども実施している。
TEXT:岡崎彩子
EDITING:Indeed Japan + 笹田理恵 + ノオト