“対話”を知る 採用を学ぶ 今どきの踏み込まない世の中で、“聞く”をすること02/02 臨床心理士・公認心理師・博士(教育学) 東畑開人氏

カウンセリングの現場から独自の視点で社会に蔓延する心の問題に切り込む、臨床心理士で文筆家の東畑開人氏に、組織と“聞く”の関係を問う本連載。前編では“聞く”を困難にさせる現代社会の課題や、組織におけるネガティブ・ケイパビリティの効果を中心に解説いただいた。

そこから見えてきたのは、各自が抱えるモヤモヤを預け、預かる関係の連鎖の構築の重要性だ。では実際、どうすれば人の話を聞き、自分の話を聞いてもらえる組織を築くことができるのだろう。後編では組織の切り口から“聞く”にフォーカスするほか、採用や定着における効用を考えた。

臨床心理士・公認心理師・博士(教育学) 東畑開人氏

臨床心理士・公認心理師・博士(教育学)
東畑開人氏
専門は、臨床心理学。京都大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。臨床心理士・公認心理師・博士(教育学)。現在白金高輪カウンセリングルーム主宰。最近は企業のメンタルヘルスケアについてのコンサルテーションも行っている。

“聞く・聞いてもらう”を築くキーポジションは、マネジメント層

インタビューを受ける東畑開人氏

――前編では、組織における“聞く・聞いてもらう”という人のつながりの原則や、モヤモヤを抱え反芻し合う関係が、個々の能力発揮や組織のサステナビリティにつながってくるとお話いただきました。ではどうすれば、組織に“聞く・聞いてもらう”関係が根づいていくのでしょうか。

東畑:私もよく企業から「何をしたら従業員が生き生きと働けるようになりますか」と相談を受けますが、まず知っておいてほしいのは、いわゆる特効薬は存在しないということです。カウンセリングでも一瞬で治してほしいというクライエント(※1)もいるけれど、カウンセラーとしては地道に話し合いをし続けるしかないんですよね。

※1カウンセリングなど心理療法を受ける人、および社会福祉における相談者のこと。臨床心理士や社会福祉関連の分野では患者(patient)ではなく、クライエント(client)と称する場合が多い

クライエントも特効薬はないと気付くと、できることを積み重ねてようやく回復に向かっていく。職場なら部下の調子に目を配って、辛いときはすぐ声を上げやすい雰囲気を作ったり、グダグダした話でもいったんは耳を傾けたり。弱いし地味だけど、“聞く”はじんわりと効いていく。この効用は前編でもお話したとおりです。

――“聞いてもらう相手”は、誰でもいいのでしょうか。

東畑:カギとなるのはやはり管理職だと思います。マネージャーの担う役割は大きい。もちろん同僚や友人が仕事の話を聞くのも大事だけれど、マネージャーは部下の管理が業務に含まれていますよね。“管理”と言うと操作するイメージがあるけれど、本来求められているのは、“保護”なんだと思います。すなわち「気を配る」。それには“聞く”が必要です。相手のことがわからなければ、何に気を配ればいいかもわからないから。

同時に、管理職自身も誰かに話を聞いてもらえる状態を作ることも重要です。マネージャーは基本的に部下の面倒を見ていて、話も聞いている。だけどチームがうまくいかないときに、なんとか一人でうまく対処しようと抱え込んでいると孤立してしまう。結局モヤモヤが抱えきれなくなって、パフォーマンスも落ちる。だから上司でも同僚でも、それこそ専門家でもいいけれど、モヤモヤを一緒に考えてくれる存在が必要です。

“責任の分担”をトップダウンで浸透させていく

インタビューを受ける東畑開人氏

――管理職の“聞いてもらう”について、もう少し詳しく教えてください。

東畑:管理職間で“聞く・聞いてもらう”の関係が築けると、責任の分担につながります。例えば部下が問題を抱えていたときに、上司は何かしら手を打ちたいのだけどうまくコミュニケーションが図れないでいる。この状況を周りに言えるのって、ものすごく大事なことです。

マネージャーは部下に対して、強く言わなきゃいけない場面もあります。言う方も怖いですよね。その後に何が起こるかわからないし。だからって部下の行いに見て見ぬふりをしたり、腫れ物にさわるように扱ったりするのも違う。特に関係が悪化したことで、冷遇やハラスメントに至るなどあってはならないことです。

この時「チームの問題について、うまく対応できていないんだ」と、マネージャー同士やより上のレイヤーで共有できる関係があれば、当事者であるマネージャーはモヤモヤを一人で抱え込まなくて済みます。別のチームのマネージャーが、「じゃあ一緒に様子を見ようか」となったら、少しかもしれませんが肩の荷が軽く感じられるようになるかもしれません。

それに部下にバシっと言う場面でも、伝え方やその後の事態への対処をある程度合議できます。事前に相談できればマネージャーも状況を冷静に整理できて、感情に任せた言い方はしなくなるだろうし、後に他のマネージャーが部下のフォローに回ることもできる。周りが状況や背景をわかっていれば、結局のところ部下に対して無駄にダメージを与えずにすみます。

――そうした構造を組織のなかで築いていくには「風通し」と言われますが、ボトムアップで改革していく必要があるのでしょうか。

東畑:私はトップダウンで管理職から始めていくべきだと思います。子どもの問題だって、親が変わらずに子どもだけ変われというのは無理があります。当たり前かもしれないですが、上下関係がある人の集まりは川の流れのようものです。基本的にモノは下流に溜まって、上流に戻っていくことはありません。人間関係やコミュニケーションの問題に限らず、組織で生じる火種は上流の段階でうまく責任を分けておくことが大事だと思うんですよね。

組織が“自信を持つ”ことで、採用のスイートスポットが広がる

インタビューを受ける東畑開人氏

――これまでお話しいただいた“聞く・聞いてもらう”の関係は、採用活動においてどのように活かせるでしょうか。

東畑:採用活動の段階で直接活用するのは難しいかもしれませんが、“採用してから”は確実に生きてくると思います。いわゆるミスマッチというか、入社後の「おや?」をチューニングするのに、“聞く”が効いてくるんじゃないかと。

もちろん採用の時点でマッチングを図るのは大事なことですが、人間は状況や体調が変われば考え方も変化し続けますから。鋳型のようにカチっとハマるなんてことはなかなかないわけです。特性を可視化してマッチングさせるような領域は流行りのAIにお任せするとして、鋳型からはみ出た部分をどう扱うかは、人間にしかできないところだと思います。

――たしかに採用要件や人材要件を具体化したからといって、うまく採用できるとは限りません。細かくするほど見合う人材のゾーンが狭まるなど、マッチングには限界があります。

東畑:裏を返すと、“普通の範疇”が存在するわけですよね。この普通という言葉が曲者ではありますが、例えば新人向けの施策や育成方針について、「まあ社会人1年目ならこれくらいが普通だよね」みたいなものです。その会社の当たり前が、社会的な “常識”の範囲に収まっているのか、外れているのか。“外れている”というのは、いわゆるブラック企業のような例で、常識的に見ておかしい。

一方、ある個人の特性が、社会的には常識の範囲内なのだけれども、その会社には適応しづらいというものが出てくる。このとき、その人が会社を辞める結果にならず、うまく擦り合わせていくのも、人や組織が成長するうえで大事なプロセスだと思うのです。“その組織で働ける人”の領域を広げていく作業になりますし、仮にも採用したのであれば、ターゲットから完全に外れているわけではないのですから。

「マッチしなかったね」で手放すのは簡単です。だけど、「どこが噛み合わずにいるんだろう?」「どうすればうまくやっていけるだろう?」と粘り強く聞きながら、採用した人材が働き続けることができたら素晴らしいですよね。それは会社として“自信”につながると思うんですよ。ある程度の範囲の人材を採用できれば、あとは会社のなかで個人と組織の双方が納得できる状況にいくらでも持っていける。それって採用のスイートスポットが広がって、結果として成功率が上がるとも言えるんじゃないでしょうか。自信が付けばスイートスポットは広がるし、より多様な人材を気持ちよく採用できるようになれば、より自信も付いていくし、好循環に入れたら素敵ですよね。

一見ネガティブな印象でも、ill-beingな発信は安心を与える

インタビューを受ける東畑開人氏

――「組織が自信を持つ」というのは良いですね。採用時点でのマッチ度だけで終わらせず、入社後にチューニングを行うことで会社へのマッチング向上を図るという戦略ですね。

東畑:“聞く・聞いてもらう”の関係が築けている組織なら不可能ではないし、サステナブルである言えます。カウンセリングに訪れるクライエントにも、組織に馴染めなくて悩んでいる人がいます。彼らは職場で孤立している。一般的に使われる孤立とは少し違う意味合いなのですが、何が食い違っているのか言葉に表せなくて、わからないまま会社で過ごして周りの無理解に傷ついている状態で、自覚的・無自覚どちらもあり得ます。

「ある時点での組織の空気感やポジションに必要なスキル」を基準として、そこにカッチリはまる人材の採用をとにかくねらって、はまらない人のことはあまり想定しないマッチング至上主義でいくと、一定のゾーンから外れた途端に孤立してしまう。だけど大事なのは、一度孤立してしまった人といかにして関係を作り直していくかです。たいていの人は会社に入るとき、できるだけ長く働きたいと考えているはず。少なくともあらかじめすぐに辞めることを想定しているケースは稀でしょう。そして会社側は、長く活躍してほしいと期待している。

持続的な組織の実現にはやっぱり働く人を大事にするのが大前提で、それにはいきいきとしたwell-beingばかりに目を向けるのではなく、弱っているill-beingの部分も包摂していくことじゃないかと思います。

――企業の採用情報の発信にill-beingからアプローチするストーリーがあってもいいかもしれませんね。

東畑:すごくいいと思いますよ。求職者にも人を大切にする会社だと伝わりますから。あまりに生々しく書くと当事者も辛くなるのでNGかもしれません。ただ、調子を落とした時も上司や周りが見守ってくれて、モヤモヤを抱え込みながらも、しんどいなりにやっているうちに乗り切ることができましたって話なら、好感を持ちますよね。実際に現場には、そういうストーリーがけっこうあると思うんです。

それに社員のill-beingに対して、組織のトップは実は敏感なんですよ。経営者の団体に対して講演をした際、社員の離職や休職、社員が調子を崩しがちな部署に心を痛めている方が何人もいました。現場の人たちが思っている以上に、社長たちは悩んでいますよ。

トップに限らず上司も、部下が辞めるときは案外堪えていますよね。離職の意思を伝えたら、思いのほか上司は自分のことを考えてくれていたということもあるじゃないですか。黙っていたら見えないもので、やはり“聞く・聞いてもらう”の関係が築かれているのが大事なのだと思います。人が孤立しないことがどんな場面でも大事なことなんです。