生まれ育った地元の町や、ユニークな特産品や伝統工芸のある地域を応援するために寄付をする「ふるさと納税」のように、自分の持っている「スキルや経験」を共感できる会社やプロジェクトに参加して生かす「ふるさと兼業」という取り組みがあります。都会で生活しながら週末は小さな街の活性化事業に関わる、大手企業に勤務しつつ週に数日だけ中小企業やベンチャー企業でも就労するといった「兼業」という働き方を可能にするものです。
 
ふるさと兼業の運営事務局を務める岐阜県のNPO法人G-net代表・南田修司さんに、従来の副業やサイドビジネスとは異なる、新しい働き方についてお聞きしました。


「共感」を軸に中小企業と関わる


――「ふるさと兼業」という取り組みを始めたきっかけを教えてください。
 
私たちG-netは地域の活性化のために、若者たちと一緒に岐阜市の商店街でイベントを開催したり、大学生に地元の企業での長期間のインターンシップを行う機会を提供したりする事業からスタートしたNPOです。
 
まちづくりに関わるうちに、ユニークな商品や技術を持っていたり、素晴らしいリーダーシップを発揮する経営者がいたり、地元に魅力的な中小企業がたくさんあることに気づきました。でも、そうした企業はネットで探しても出てこないし、ハローワークで調べるだけでは企業の良さがなかなか伝わっていませんでした。
 
同時に、進学や就職で一度は故郷を離れた人たちからの「地元に戻りたい」という声や、都会育ちの人の「地方で暮らしてみたい」という声も聞いていました。でも、地域に自分の力が生かせる仕事があるのか分からないから、次の一歩を踏み出せずにいるのだと。
 
個性的な中小企業と「地域に貢献したい」とか「チャレンジングな仕事をしてみたい」と考える人が出会えていなかったのです。そこで、各地の中小企業とスキルや意欲のある社会人をつなぐプラットフォームとしてふるさと兼業を始めました。
 
――ふるさと兼業とは、どんな兼業のスタイルなのでしょうか。
 
ふるさと兼業では、企業はプロジェクト単位で関わる人を募集します。新商品を開発したいのか、販路を開拓したいのか、広告を作って欲しいのか。募集の背景や、企業がどんな課題意識を持っているのかを公開し、共感してもらえる人に来て欲しいと呼びかけます。
「誰」と「何」を「いつまで」やるのかがはっきりしている期間限定のプロジェクトです。関わり方も「週に1日からOK」「リモートワーク可」「2泊3日の体験プログラム」など様々。応募者は、会社を辞めて転職したり、移住したりすることなく、今の仕事を続けながら興味のある仕事や地域を体験することができます。

「地域貢献」と「自分自身の成長」が兼業の動機


――地域の中小企業がふるさと兼業を利用するメリットは何でしょうか。
 
時代が大きく変化する中、ほとんどの中小企業は「何か新しい挑戦をしなければ」と考えているはずです。しかしやる気やアイデアはあっても、新規事業に携わることのできる人材は足りないし、成功するかどうか分からない事業に多額の予算を割くことも難しい、と八方塞がりの状況に悩むことも多いのではないでしょうか。
 
ふるさと兼業を通じて地域の企業に関わりたいと考える人たちに、報酬を第一の目的としている人は多くありません。プロジェクト内容や企業理念に共感して、本業を続けつつ自身も成長したいと考えています。あらかじめ決めた仕事に限る業務委託の形をとることが多いですが、フルタイムの社員を雇用するよりも低予算で、スキルと熱意のある人と一緒に働くことが可能になります。
 
――これまでにふるさと兼業を活用して中小企業と関わった方は、どんなプロジェクトで活躍されていますか。
 
携帯の電波が届かない場所にある青森県の温泉旅館では、総合リゾート運営会社での管理職経験のある人や、旅行会社で長年にわたってツアー添乗員をしていた人が関わり、集客の新たな企画提案やコロナ禍を踏まえた旅館業務の整備のサポートを実施しました。
 
コロナ禍で飲食店や海外向けの出荷が激減し、インターネットを活用して一般家庭向け商品を伸ばしたいと考えていた酢の醸造メーカーに、サイトの構築や運営に知見を持つ人がふるさと兼業を通じて参画した例もあります。ネットでの売り出し方や商品の見せ方を改善した結果、ECでの売上が当初の15倍にもなりました。
 
伝統産業である鋳物のメーカーでは、プロダクトデザイン経験を持つ人材が参画し、短期間で新商品の企画から展示会での試作品の発表まで漕ぎ着けたこともあります。プロジェクトの終了後もデザイナーが関わり、実際に商品の製造、販売まで実現しています。
 
ふるさと兼業は期間限定のプロジェクトですが、企業との関係がうまくいけば期間の延長や、終了後も何らかの形で企業と関わり続ける人も少なくありません。中にはプロジェクト終了後に企業のある地域へ移住した人もいます。

「兼業人材」が中小企業を変える


――ふるさと兼業をする人材を受け入れたい企業が、事前に準備しておくべきことはありますか。
 
ふるさと兼業では、G-netや地域に根付いた活動をする各地のNPOなどによる専属のコーディネーターがプロジェクトをサポートします。募集するプロジェクトの設計や、兼業人材のマネジメントのノウハウ、リモートワーク導入のサポートなどを行い、企業も兼業する人も安心して挑戦できる環境作りのお手伝いをしています。
 
自社の事業や理念に理解があり、専門的な知識や技術のある人が来てくれるからといって「全部お任せします」では決してうまくいきません。ふるさと兼業では、「何のために」「どんな仕事」を兼業人材にお願いするのかを事前にしっかりと計画しておくことが肝心です。
 
また、「ふるさと兼業」を希望する人の多くは週に1日~数日だけのスキマ時間を活用してプロジェクトに参加します。どこまでの業務を任せるか、進捗状況をどう確認するか、受け入れ側にも工夫が必要です。オンライン会議などリモートでしかコミュニケーションを取れないこともあるため、兼業人材の受け入れ前にオンラインでのやり取りに慣れておくことをおすすめします。連絡がおろそかになったり、億劫になったりしてコミュニケーション不足になると、お互いにプロジェクトへのモチベーションが下がってしまいます。
 
――リモートワークの導入や業務委託で働く方の管理など、兼業人材の受け入れをきっかけに、企業の仕事のやり方自体が変わっていきそうですね。
 
ふるさと兼業を導入したある企業の経営者は「これまで“雇用した人を辞めさせない”ことを考えていたが、これからはフルタイム、パートタイム、業務委託と、企業課題に応じて様々な働き方の人を上手に生かしていくことが組織づくりにとって大切になると気づいた」とおっしゃっていました。
 
地方創生では、定住する人口だけでなく、趣味や仕事で定期的に訪れる「関係人口」を増やすことが地域の活力を高めると言われています。プロジェクト単位でも、短時間でも関わる人を増やしていくことは「関係社員」を増やすと言えるかもしれません。100%会社にコミットしてくれるわけではないけれど、困ったときや新しいことを始めたいときに声をかけられる人が多いことは、会社の強みになりますよね。
 
また、完全にリモートワークでも働ける、スキマ時間だけでも働けるといった仕組みがあると、家族の介護や子育てをしながら働きたい人、心身に障害がある人にも柔軟に対応できます。兼業人材の受け入れは、今まで企業が生かせていなかった人材とも一緒に働ける可能性を広げるきっかけにもなると考えています。

 
 
 

<取材先>
特定非営利活動法人G-net
代表理事 南田修司さん
 
ふるさと兼業
https://furusatokengyo.jp/
 
TEXT:石黒好美
EDITING:Indeed Japan+笹田理恵+ノオト