勤務時間と賃金の関係
◆全額払いの原則
労働基準法では、労働者が受け取る賃金について「賃金支払の5原則」が定められており、そのうちの一つに「全額払いの原則」があります(労働基準法第24条1項)。これは、賃金は、法令に別段の定めがある場合や労働組合などとの協定がある場合を除き、所定支払日に支払うことが確定している全額を控除することなく支払わなければならない、という決まりです。そのため、従業員が働いた時間に対して、たとえ1分でも、賃金が支払われないことは許されません。
法令に別段の定めがある場合としては、賃金の一部から控除として社会保険料や源泉所得税を差し引き、控除後の賃金を支払うことが挙げられます(厚生年金保険法84条、健康保険法167条など)。
◆「丸め処理」とは
勤怠管理における「丸め処理」とは、打刻時間の切り上げ、または切り捨てを行うことです。打刻時間の設定分数は企業や使用するシステムによって異なり、5分、15分、30分などの単位で設定されていることが多くあります。
たとえば15分間隔で打刻時間を設定している企業で、終業時刻として18時13分に打刻した場合、15分の切り捨ての丸め処理では18時、切り上げの丸め処理では18時15分になります。
◆労働時間を切り捨てる丸め処理は違法
勤怠管理において、労働時間の端数を短く切り捨てて処理することは上記全額払いの原則に反します。打刻時間が15分単位で設定されている場合、18時05分に退勤した際に18時に退勤したことにして、5分間を切り捨てて勤務時間および賃金を計算することは違法になります。
一方で、労働時間の端数を切り上げることは違法ではありません。つまり、この場合は、1分単位で計算して処理をするか、18時15分に退勤したものとして処理をする必要があります。
行政通達で例外的に認められている端数処理方法
事務を簡便にすることを目的として、行政通達(昭和63年3月14日・基発第150号)において、次の端数処理方法が例外的に認められています。
◆残業時間等の端数処理
1カ月における時間外労働、休日労働および深夜業の各々の時間数の合計に1時間未満の端数がある場合に、30分未満の端数を切り捨て、それ以上を1時間に切り上げることが認められています。
<例>
1日の所定労働時間が8時間の会社で、ある従業員の7月の残業状況が次のようであった場合。
労働日/労働時間/時間外労働
7月4日/8時間35分/35分
7月11日/8時間15分/15分
7月19日/8時間46分/46分
7月20日/8時間50分/50分
時間外労働時間の合計:35分+15分+46分+50分=146分=2時間26分
このケースでは、端数の26分を切り捨て、7月の時間外労働を2時間として割増賃金を計算します。
この端数処理をする際には、時間を切り捨てて従業員に不利になる場合もあれば、切り上げて従業員に有利になる場合もあります。ただし、切り捨てのみを行うなど、従業員にとってのみ不利になる取り扱いは違法となりますので注意しましょう。
◆1時間あたりの賃金・時間外手当の端数処理
1時間あたりの賃金額および割増賃金額に、1円未満の端数が生じた場合には、50銭未満(0.5円未満)の端数を切り捨て、50銭以上1円未満の端数を1円に切り上げて端数を処理することが認められています。
<例>
月給:300,000円
1カ月の所定労働時間:168時間(1日8時間×21日)
1カ月の時間外労働の時間…16時間
時給額:300,000円÷168時間=1,785.7142…円
この場合、50銭未満(小数点以下)の端数を切り上げて1,786円となります。
この月の割増賃金:1,786円(時給)×16時間(時間外労働時間数)×1.25=35,720円
◆1カ月あたりの割増賃金額の端数処理
1カ月間における時間外労働、休日労働、深夜業の各々の割増賃金の総額に、1円未満の端数が生じた場合には、上記(1時間あたりの割増賃金)と同様、50銭未満(0.5円未満)の端数を切り捨て、50銭以上1円未満の端数を1円に切り上げて端数を処理することが認められています。
<例>
月給:300,000円
1カ月の所定労働時間:168時間(1日8時間×21日)
1カ月の時間外労働の時間…18時間15分(18.25時間)
この月の割増賃金:1,786円(時給)×18.25(時間外労働時間数)×1.25=40,743.125円
この場合、50銭未満(小数点以下の)端数を切り捨てるため、1カ月あたりの割増賃金額は40,743円となります。
勤務時間の丸め処理に関するトラブル
従業員や元従業員が企業に未払いの残業代を請求し、企業が応じない場合は裁判に発展するケースが多く見られます。その中で、勤務時間の丸め処理によって労働時間が切り捨てられていたことが問題となることは少なくありません。
企業は、従業員が不利になる勤務時間の丸め処理は労働基準法に違反する行為であり、大きなトラブルにつながるリスクがあることを理解しておく必要があります。
出勤して打刻しても労働を開始していない場合はどうなる?
厚労省は2017年に策定した「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」において、企業が労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し記録する措置をとることなどにより、使用者には労働時間を適正に把握する責務があることを明示しています。従業員の不利益にならないようにすることはもちろん、従業員が適正に業務を遂行するために労働時間の管理をすることが求められます。
従業員が出勤して打刻後も労働を開始していないことで、後に従業員との間にトラブルが起こった場合、企業は従業員が打刻時間後に業務を怠っていた証拠を提示しなければなりません。後から明確な証拠をそろえるのは難しく、水掛け論に陥りがちです。
このようなケースが起きた際は、直ちに上司が注意をして打刻し直させるなど、その場での対応が必要です。
勤怠管理の注意点
◆勤怠管理システムの処理を確認する
自社の勤怠管理システムが、法律に則った運用であるかを見直しましょう。新しいシステムでも、設定によっては丸め処理で切り捨てが行われている可能性がありますので注意しましょう。
◆残業代の計算はより綿密に
従業員と企業との間で起こるトラブルには、残業代の未払いが原因になっているケースが多く見られます。勤怠管理の運用には、始業時間はもちろん、退勤時間や残業代の計算方法について、今一度確認することが重要です。
労働時間は、本来は1分単位での管理が原則です。「全額払いの原則」や例外的に認められる端数処理方法を正しく理解し、従業員の労働時間の把握はあくまで使用者である企業の責務であることを自覚して、より適正な管理を行いましょう。
※記事内で取り上げた法令は2022年7月時点のものです。
<取材先>
グロース法律事務所 弁護士 德田聖也さん
立命館大学法科大学院修了。弁護士登録以来、相続、離婚、交通事故、労務、倒産処理、企業間交渉など個人・企業に関する幅広い案件を経験した。現在では、「これからの企業の発展を見据えた解決」を目指し、主に企業法務を取り扱っている。
TEXT:宮永加奈子
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト