出張中の移動時間が延びたら残業になる?
――出張中に、移動時間が延びたとしても残業にはならないのでしょうか?
残業代が発生するためには、それに相応する「時間外労働」を行っていることが必要になるので、まずは出張中の移動時間が労働時間に該当するかどうかということから考えていきましょう。
労働時間について、労働基準法上には明文化された定義はありませんが、判例として「労働者が使用者の指揮命令下にある時間」であり、労働契約や就業規則などの定めによるのではなく、「客観的に定まるもの」とされています(「三菱重工長崎造船所事件」に関する2000年3月9日の最高裁判例による)。この判決の考え方からすると、出張中の移動時間というのは、労働者が目的地への移動を義務づけられていて自由に使える時間ではないので、労働時間ということにもなりそうです。
ですが、労働基準局からの通達では「出張中の休日は、その日に移動する場合であっても、旅行中における物品の監視等別段の指示がある場合の外は、労働時間として取り扱わなくても差し支えない」(1948年3月17日 基発461号、1958年2月13日 基発90号)とされています。これは休日についての通達ですが、多くの裁判例でも出張中の移動時間は労働時間には当たらないとされています。通常の出勤にかかる時間は労働時間とされておらず、出張中の移動時間も、それと同じと考えられることが主な理由だと考えられます。
――移動時間はそもそも労働時間とみなされないということでしょうか?
結論的には、出張中の移動時間は「使用者の指揮命令下にある」といえるような特段の事情がない限り、労働時間とはならないことになります。そうすると、もともと移動時間が労働時間ではないため、移動時間が延びたとしても「残業(時間外労働)」の問題にもならないということになります。
通常の出勤時でも、たとえば地震の影響で帰宅に必要な時間が深夜におよんだ場合でも残業代の問題は発生しません。出張中の移動時間の延長も、こうしたケースと同じ面があると考えてください。
――移動は時間を拘束されるため、労働ではないとみなされると不満が出るケースもありませんか。
出張中の移動時間は、労働時間とはなりませんが前述の通り完全な自由時間というわけでもありません。移動時間がある程度の長時間になる出張の場合には、企業側で何らかの配慮をする必要性があるとも言えるでしょう。
多くの企業では、出張手当を支給するのが通例ですが、この出張手当には慰労の趣旨も含まれているとされています。出張規程の整備や適正な金額の設定等の問題は別に存在しますが、出張手当が支給されている場合は、移動時間に関してある程度の配慮がされているという見方もできますね。
移動時間に仕事をした場合は?
――移動時間に関して、たとえば新幹線の中でパソコンを開いて仕事をした場合は労働時間として考慮されますか?
あくまで原則的な点からの回答になりますが、「パソコンを開いて仕事をした」ことが、使用者の指揮命令下にあるといえるかどうかで労働時間となるか否かが判断されます。新幹線などの移動時間中に作業をすることが、上司から明示または黙示の指示があったような場合や、上司が新幹線の車中で部下が仕事をしていることを認識し、仕事の成果物を受領していたような場合は労働時間として考慮されることになります。
出張中の残業申請について
――出張中に残業時間が生じた場合には、残業申請は可能でしょうか?
この場合も、原則的には「使用者の指揮命令下にあったか否か」で判断されます。指揮命令下にあり、労働時間とみなされる場合には、実労働時間が法定労働時間を超えれば、時間外労働(残業)となるので、時間外労働手当(残業代)が発生します。また、出張中の労働時間が把握しにくい場合には、あらかじめ規定した時間分働いたとみなす、みなし労働時間制(労働基準法第38条の2)の適用などで対処することも考えられます。
企業によっては、出張手当が支給されている場合もあります。企業がどのような趣旨で支給しているかにもよりますが、その企業の出張規程等に出張中の時間外労働に関する手当としての趣旨を含むという記載があって、支給額が適正であれば残業代を請求することはできないことになります。
※記事内で取り上げた法令は2021年12月時点のものです。
<取材先>
社会保険労務士シグナル 代表 有馬美帆さん
IPO支援、労使トラブル予防・相談、就業規則作成、ハラスメント防止、各種セミナー講師、執筆など多岐にわたって活動。企業の成長フェーズに応じ、一歩先回りした提案で組織力の向上を加速させるコンサルティングを得意としている。
TEXT:岡崎彩子
EDITING:Indeed Japan +笹田理恵+ ノオト