「経営三権」とは、会社がもつ権利についての共通認識
経営三権とは、会社がもつ権利であり、労働者や労働組合と交渉しなくとも、会社の意思で決めてよい事項のことです。「経営三権」として法律で明確に定められているわけではありませんが、会社が当然に有する権利として認識されています。
経営三権は、「業務命令権」「人事権」「施設管理権」の3つの権利を総称したものです。
◆業務命令権
自社の従業員に対して、「あなたはこの業務をしてください」と命じる権利が業務命令権です。仕事の内容を決めたり、時間外労働を命じたりすることも含みます。さらには、健康診断を受けるよう指示することも業務命令権の範囲内です。
会社と労働者が雇用契約を結ぶと、会社は労働者に仕事をさせる権利をもち、労働者はその会社で働く義務を負います。この会社側の権利が「業務命令権」だと考えると、理解しやすいでしょう。
◆人事権
会社が従業員に対して配置や異動、転勤を命じる権利が人事権です。また、人事評価をして給与や賞与に反映したり、昇進・昇格をさせたりすることも人事権に含まれます。
◆施設管理権
施設管理権とは、会社がもつ敷地や建物、設備の使い方を決められる権利です。大企業などでは、労働組合が会社のスペースの一部を借りて活動していることもあります。それを認める権利は、会社がもっているのです。
なお、経営三権とは、権利を行使する明確なタイミングがあるわけではなく、日々の経営に内包されているものであるといえます。
労働三権とは? 経営三権との違いや関係性
労働三権は、労働者の権利を守るために憲法第28条で制定されており、以下の3つの権利から構成されています。
◆団結権
労働者が経営者と対等に話し合うために、労働組合をつくり、加入できる権利
◆団体交渉権
労働組合が経営者と労働条件などについて約束することを目標に、交渉ができる権利
◆団体行動権
労働条件を改善するため、団体でストライキをして抗議をする権利や、日々の組合活動を行う権利
経営三権は会社がもつ権利に関する共通認識であるのに対し、労働三権は労働者の権利として憲法で定められている点において違いがあります。
労働三権があることで、労働者は労働条件を向上させるため、労働組合を結成して会社へ意思を示すことができます。
一方、労働者からの要求があった際に、経営者がそうした意見を無条件に受け入れる義務はなく、滞りなく経営を行うために、業務命令や従業員の配置・処遇、設備の使い方などは会社の意思で決められるのです。
ただし、経営者は経営三権があるからといって、必要のない残業や転勤を命じたり、根拠なく減給を行ったりすることはできません。また、経営者は業務内容や評価基準、配置の考えを従業員へしっかり説明し、納得してもらえるよう努めることで、会社と従業員の関係性も良好になり、業績が上向くでしょう。経営者は、経営三権を濫用しないよう注意する必要があります。
経営三権や労働三権は、戦後の時代背景に影響を受けている
経営三権や労働三権の内容は、現代社会で働く私たちにとって「当たり前のこと」であり、わざわざ権利を主張するものではないと感じられるかもしれません。なぜこれらの権利は生まれたのか、歴史を遡ってみましょう。
労働三権は第二次世界大戦後に制定された日本国憲法に含まれているものであり、経営三権も同時期から意識され始めたと考えられます。つまり、日本国憲法が施行された1947年前後の労働環境に影響を受けているのです。
戦前の日本は、工場労働者を中心とした働き手の労働環境が悪かったため、戦争が終わった後、労働三権や労働三法(労働基準法、労働組合法、労働関係調整法)など、労働者を守るための権利や法律が整備されていきました。
その後の時代は労働組合の活動が盛んで、ストライキが頻繁に行われるなど、経営者に対して賃上げを強く求めることも珍しくありませんでした。経営三権は、労働者や労働組合からこうした強い要求があったとしても、会社を円滑に経営するために意識されていたのです。
最近では、経営者と労働者が対話をして妥協点を見出す「労使協調」路線を採る組合が多くなっています。労使が協力して業績を上げることで、結果として労働者の生活を良くしていこうとする姿勢が根付いているように思います。
なお近年は、企業が定義した職務内容に基づいて人材を採用する「ジョブ型雇用」が浸透しつつあります。欧米等と同様のジョブ型雇用であれば、異動や担当替えをするためには、本人の同意が必要と言われています。一方で、ジョブ型と言っても職務を細かく定義していないケースもあり、従来通り異動を行えると考えている会社もあります。ジョブ型雇用の会社での人事権の有無は、現時点では不透明な部分があります。
経営三権は、普段の会社経営において意識することは少ないかもしれませんが、会社を守るための権利であることを知っておくと、日々の経営を滞りなく行えますし、トラブルや労使交渉の際に役立つでしょう。
※記事内で取り上げた法令は2023年2月時点のものです。
<取材先>
うたしろFP社労士事務所代表 社会保険労務士 歌代将也さん
大手製紙メーカーで人事労務、経営企画、財務、内部統制、労働組合役員など、様々な職種や業務を経験し、在職中に社会保険労務士やFPの資格を取得。退職後、2019年に「うたしろFP社労士事務所」を開設し、人事・賃金制度作成のアドバイスや、各種研修・セミナー講師などを行っている。
TEXT:御代貴子
EDITING:Indeed Japan + ノオト