労災が発生したら速やかに届け出を
――「労働災害(労災)」とはどんな災害のことを指すのでしょうか。
「労働者災害補償保険法」には、「事業の業務を要因とする事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等」と書かれています。分かりやすく言えば、就業時間内、または通勤時間中にけがや病気になったり、障害を負ったり死亡してしまったりすることです。
労災というと工事現場や工場での作業中の事故によるけがを想像されるかもしれませんが、事務系の職場でも労災は発生します。社内での転倒などによる身体的なけがはもちろん、パワハラが原因でうつ病などの精神疾患を患った場合も、労災と認定されることが珍しくありません。
ここ数年、新型コロナウイルス感染症が流行していますが、医師・看護師や介護職の方については、業務外で感染したことが明らかな場合を除き、原則として労災保険の給付対象となっています。医療や介護以外の企業に勤める方でも、「複数の感染者と接触した」「感染者と長時間にわたり接触した」など、業務によって感染した可能性が高いと判断されれば労災とみなされています。
――職場で労働災害が発生した場合、企業はまず何をしなければならないのでしょうか。
「労働者死傷病報告」という書類を、事故現場など労災が発生した地域を管轄する労働基準監督署に提出しなければなりません。
労災保険給付の申請は、被災した従業員が行うこととなっています。しかし入院している等の理由で被災者自身による申請が難しい場合は、会社を通じて労災保険給付の請求書を提出することができますし、事業主はその手続きを行えるように助力するべきと労働者災害補償保険法施行規則に定められています。
「労災隠し」で書類送検や、従業員から訴えられることも
――労災が発生したことを隠して、届け出ないことが「労災隠し」と呼ばれ問題になっていると聞きました。なぜ企業は労災を隠そうとするのでしょうか。
理由の一つには、労災の届け出をきっかけに労働基準監督署が会社に調査に来られては困る、という不安があるようです。災害が発生する背景には様々な原因がありますから、労働基準監督署が職場環境や従業員の勤務状況の調査をすることがあります。従業員に労働基準法で定められた時間を超えた長時間勤務をさせている企業など、法令違反を指摘される可能性を自覚している企業は、届け出をためらうのではないでしょうか。
また、労災を届け出た結果として、企業が負担する労災保険料の額が上がることを懸念する企業もあると聞きます。確かに、「メリット制」といって、労災の多寡に応じて労災保険料額を増減させる制度はあります。ただ、すべての企業がメリット制の適用対象となるわけではなく、労災が発生したからといって必ず保険料が上がるとは言えません。いずれにせよ、労災保険料の負担増を理由に労災を隠すことは許されません。
許可制の事業を行う事業所では、労災が発生すると許可を取り消されることもあります。入札に参加する資格を失ったり、特に重大な災害の場合は機械や設備の使用停止命令を受けたりなど、会社の業務が継続できない状態になることもあります。
――それほど重大な処分があると思うと、届け出をためらってしまいそうです。
労災はどれだけ隠そうとしても、必ず分かってしまうものです。仮に労災の届け出をしなかったとしても、労働基準監督署が企業の調査をすること(臨時調査)もありますし、従業員の内部告発によって労災隠しが明るみに出ることもあります。
そのほか、従業員に労災の可能性を故意に知らせないまま、けがをした社員が自ら病院に行き、事故の状況を話したら「それは労災ではないか。労災保険の給付が受けられるのではないか」と指摘されて初めて気がつく、というケースもよく見聞きします。
――労災隠しが発覚すると、企業にはどのようなペナルティがありますか。
50万円以下の罰金が科せられたり、企業が書類送検されたりする可能性があります。送検されると厚生労働省のWebサイトに社名が掲載され、多くの人の知るところとなるでしょう。
従業員に労災保険の給付申請をさせないことは権利侵害にあたりますし、隠そうとしていたことが明るみに出た場合は当然、従業員との関係が悪化するでしょう。企業側が訴えられたり、「労災隠しにより精神的苦痛を与えられた」と慰謝料を請求されたりすることもあり得ます。
このように、労災を隠した企業は法的にも社会的にも大きな責任を問われ、厳しく罰せられます。届け出をせず、社外に事故があったことを口外しないでやり過ごそうとすることは、絶対あってはならないことです。労災を起こしてしまったこと自体も企業にとってはかなりのダメージですが、それを隠蔽することは企業のリスクをさらに大きくすると言えるでしょう。
――労災発生によるペナルティをおそれず、正しく届け出を行うことが大切なのですね。
その通りです。前述したケースのほか、労災隠しを行った企業は以下の事態に陥る可能性もあります。
- 安全配慮義務違反に該当する
- 「雇用契約の内容を履行できていない」と債務不履行責任を問われる
- 民法に定められている使用者責任について追及され、損害賠償請求をされる
しかし、一度でも届け出の漏れがあればすぐに罰金、となることは少ないです。悪意なく、本当にうっかり届け出を忘れてしまったという場合もあるでしょう。大切なのは起こしてしまった事態にしっかりと向き合い、企業として同じ災害を二度と起こさないための対策をすることではないでしょうか。
※記事内で取り上げた法令は2022年10月時点のものです。
<取材先>
クオーレ労務経営 代表 戸川一秋さん
特定社会保険労務士、行政書士、採用定着士。ひかり物流株式会社 代表取締役、株式会社田島運輸の取締役も兼任。クオーレ労務経営の代表コンサルタントとして、企業法務、労務管理、採用相談、就業規則の作成やリスク対策など、幅広く企業の人事労務、企業法務関係のサポートに取り組む。
TEXT:石黒好美
EDITING:Indeed Japan + 笹田理恵 + ノオト