立場の優位性を利用した悪質な行為
――カスタマーハラスメントとは、どういった行為と定義されていますか?
カスタマーハラスメントは、顧客や取引先などがその優位性を盾に、社会通念上、悪質な要求や理不尽なクレームを行う行為のことで、それによって労働者の労働環境が害されるものとされています。2020年に厚生労働省が実施した「職場のハラスメントに関する実態調査」によると、職場におけるハラスメント行為のうち、パワーハラスメント、セクシャルハラスメントに次いで多いのがカスタマーハラスメントで、その数は増加傾向にあります。
私も企業からの相談を受ける中で、しばしばカスタマーハラスメントの事例を耳にします。対取引先の事例では、ある運送業者が取引先から仕事を依頼された際、「断ったら委託料を支払わない」と言われたことがありました。運送業者にとって、スケジュールや費用面から考えて本来なら断りたい仕事でしたが、その取引先が売り上げの半数以上を占める企業だったため、断ることができなかったといいます。これは取引先がその優位性を楯に、無理な要求を相手に呑ませようとする典型的なケースで、こうした場合、泣き寝入りしてしまう企業も多いようです。
一方で、一般の顧客を相手とする飲食店や小売業などの接客業でもカスタマーハラスメントの事例は多く、「料理の作り直しをさせられた」「長時間居座り続けられた」「大きな声で説教をされた」など多くの事例があります。接客業の場合は、ハラスメントをした人に対する損失だけではなく、周囲の客も巻き込み、飲食店の印象が悪くなって、将来の売り上げにも影響が及ぶという点が非常に厄介なところです。
――実際にカスタマーハラスメントが発生した場合、どのように対応するべきでしょうか?
大切なことは、絶対に従業員一人に対応させないことです。顧客や取引先とのやり取りで「これはカスタマーハラスメントかもしれない」と感じたら、すぐに上司に報告させるようにしましょう。
問題が深刻化すると、対応している従業員がうつになってしまうこともあります。また、上司や社長が対応することで事態の悪化を防げる可能性もあります。細かなことでも異変を感じたら報告・連絡・相談の「ホウレンソウ」を徹底させることを念頭に置いてください。ちなみにこれは、カスタマーハラスメントに限定したことではなく、ほかのハラスメントにも有効です。小さなことでも、日々「ホウレンソウ」を徹底させることを習慣にできると良いでしょう。
細やかな業務報告と電話の録音、カメラの設置を
――カスタマーハラスメントの発生に備えて、事前に準備できることはありますか?
準備しておけることはいくつかあります。一つは、これも「ホウレンソウ」の一環になりますが、毎日上司に業務報告を出すことです。その日起こったことを記憶が新しいうちに記録しておくと、何か問題が起きた際、適切な対応を取るために役に立つ材料になります。
もう一つは、電話の録音機能の導入です。法人向け通話録音サービスは、音声データの保存期間によって様々なプランがあります。1週間や1カ月間など業態に応じて選びましょう。
店舗など対面で顧客に対応する業態の場合は、店内にカメラを設置しておくこともおすすめです。録音機能が付いたものならなお良いでしょう。いずれも、訴訟になった場合に大切な客観証拠になるので必要な期間、データを保管できるようにしておきましょう。
また、飲食店や小売店であれば、「カスタマーハラスメントは絶対許さない」という宣言を貼り出しておくのも一定の抑止力になります。これは顧客に対するメッセージですが、会社としてカスタマーハラスメントに毅然とした態度で対応する姿勢を示すことで、従業員に対しても「あなたたちを守ります」というメッセージになり、従業員の安心感につながります。
――カスタマーハラスメントへの対応策として、企業全体で取り組むべきことや、注意すべきことを教えてください。
企業内にカスタマーハラスメントに関する相談窓口を設けることです。ただ、大企業なら部署として設置できますが、中小企業では相談窓口を設けることは難しいかもしれません。社内の電子掲示板やチャットツールなど、社員同士で普段から使っている連絡手段の中に相談窓口のチャンネルを作って、情報を共有するのもおすすめです。
ただし、カスタマーハラスメントの担当者を置く場合は、担当者一人だけに任せきりにしないよう注意しましょう。多くの相談にたった一人で対応するのは、心理的に大きな負担がかかってしまいます。経営者の安全配慮義務違反につながる恐れもあるでしょう。
担当者から社長や役員などにすぐに相談できる仕組みを作っておく必要があります。従業員数が少ない企業ならば、社長や役員が直接、相談窓口を担当するのも一つのやり方です。いずれにしても、担当者用に対応の判断基準となるマニュアルを作るのが有効だと考えます。
企業の実情に応じたマニュアルの作成を
――マニュアル作りは、どのように進めたら良いですか?
厚生労働省の「カスタマーハラスメントマニュアル」は、Webサイトからダウンロードできるようになっています。対応策や研修方法など細かな対策がまとめられているので、これを参考に企業独自のマニュアルを作ることをおすすめします。何がカスタマーハラスメントに該当するのか、その判断基準が分かっていないと従業員一人で抱えこんで追い込まれて、退職につながりかねません。また、どこまで対応するかの基準は企業ごとに異なるはずです。小さな会社であれば全従業員、もしくは各部署の長が集まって話し合い、マニュアルを決めていくと良いでしょう。
――再発防止のためにできることはありますか?
パワーハラスメントやセクシャルハラスメントとは異なり、カスタマーハラスメントは取引先や顧客が相手になるため、研修などで予防策を講じることは難しいでしょう。したがって再発防止のためには、事例を共有することが最も有効な手段の一つだと考えます。日々の業務報告や「ホウレンソウ」を徹底しておくことができれば、事例の共有もスムーズに進みます。
――カスタマーハラスメントについて学ぶ場をつくることも、必要でしょうか?
厚労省のマニュアルをもとに勉強会を開くのも良いでしょう。最近はSNSを使ったカスタマーハラスメントも増え、これからも時代によって様々な事例が出てくるはずなので、年に1回、勉強会を開催して情報をアップデートするのはおすすめです。
忙しい業務の中で面倒に感じるかもしれませんが、対策をすることで従業員の心理的負担や離職率を抑えることにつながるので、大きな効果を生む取り組みです。大切な従業員を守るためにも頑張って取り組みましょう。
※記事内で取り上げた法令は2022年11月時点のものです。
<取材先>
クオーレ労務経営 代表 戸川一秋さん
社会保険労務士、行政書士、採用定着士。ひかり物流株式会社 代表取締役も兼任。クオーレ労務経営の代表コンサルタントとして、企業法務、労務管理、採用相談、就業規則の作成やリスク対策など、幅広く企業の人事労務、企業法務関係のサポートに取り組む。
TEXT:岡崎彩子
EDITING:Indeed Japan +笹田理恵+ ノオト