新しい人事戦略「HRBP」の役割とは
1990年代に米国ミシガン大学のデイビッド・ウルリッチ教授が提唱した新しい人事戦略のひとつに、HRBP(ヒューマンリソースビジネスパートナー)という役割があります。
従来の人事担当者は経営陣や事業部からの要請を受けて、採用活動や育成、労務管理などの業務を行うことが多かったと思います。採用業務、人材育成業務、労務管理業務などのプロフェッショナルという立ち位置です。
一方でHRBPは、会社のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)の実現にむけて、経営陣と同じ視点から人事戦略を提案し、自ら動くパートナー的存在です。時代の流れを読んで舵取りをしていくには、その都度、経営戦略の見直しや転換が必要となります。当然それには人事戦略も伴います。スピード感のある経営を実現させるためにも、HRBPの存在は以前から重要視されていました。
VUCA時代でますます重要性が高まるHRBP
VUCA(ブーカ)という言葉を聞いたことはあるでしょうか。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった言葉です。これまでのように先を見据えて計画しても、複雑に変化する社会情勢では何が起こるか予測がつきにくく、先の見えない世の中であるという意味です。急速に訪れた新型コロナウイルス感染症の影響で、まさに今はVUCAの時代であるといってよいでしょう。
VUCAは軍事用語として生まれた言葉ですが、2010年代からビジネスの世界でも使われるようになりました。経済産業省 経済産業政策局 産業人材政策室が2019年3月にまとめた提言『人材競争力強化のための9つの提言(案)~日本企業の経営競争力強化に向けて~』でも、「VUCA時代」というワードが何度も登場します。
ちなみにこの提言では、経営競争力の源泉は「人材」であるとした上で、日本型人材マネジメントをアップデートして経営競争力を強化するためのポイントがまとめられています。先の見えなくなったVUCA時代で競争力を高めるために、これまでとは違う新しい人事戦略が必要ということです。
これまで年間で計画できていたものでも、朝令暮改は当たり前、すぐに対応しなければ会社の危機につながりかねない時代です。しかし、VUCA時代の荒波を読むだけでも経営陣の業務は多忙を極めています。経営陣からの指示を待ち、ミッションを完璧にこなすプロフェショナルも重要ですが、経営陣と同じ視点に立って荒波に向き合い人事戦略を提案できるHRBPの存在がますます重要となってきています。
HRBPは経営の立場からMVVを理解するべき
人事担当者が経営陣と同じ視点を持つためには、会社のMVVをしっかりと理解することが必要です。これまでの人事業務を通して十分理解しているとは思いますが、それは社員の立場からの理解です。たとえば、経営陣による突然の方針転換に戸惑うことはありませんでしたか。「うちの経営陣は考えがころころ変わるな」とため息をついたこともあるかもしれません。
しかし、経営陣の立場ではMVVは揺らいではいないはずです。VUCA時代でもMVVを実現すべく、世の中の荒波を読んで舵をきっているのです。HRBPもまた、経営陣とともにこの荒波を読み、パートナーとして人事戦略を立て実行していかねばなりません。目指す島に行く途中では、荒波を避けるために遠回りすることもあるでしょう。しかしMVVという指針があれば、何度遠回りしても目指す島の方向を見失うことはありません。
HRBPになるために身に付けたいスキル
経営陣の立場から物事を見るためには、最低限のマーケティング知識が必要となるでしょう。自社が「誰に、何を、いくらで、どうやって」商品やサービスを提供する戦略を立てているのか、また、他社はどんな戦略を立てているのか俯瞰できるようになりましょう。いきなりビジネススクールに通う必要はありません。経営陣や企画部門・営業部門の社員に話を聞くことから始めてみては。ここで気をつけたいのは「用語」です。当然ながらマーケティングの世界ならではの用語があります。わからない用語が出てきたら迷わず意味を教えてもらったり調べたりしましょう。この積み重ねで基礎的な理解が進んでいきます。
このようなステップアップのためには、コミュニケーションのスキルも必要となってきます。普段の人事業務で身に付けているはずなので問題ないとは思いますが、人事面談や労務関係の通知など、普段の「人事対社員」の立場ではなく、あくまで「社員対社員」として同じ目線に立ち、対話する相手に対しては普段よりも丁寧に接することを心がけましょう。経営陣と現場、双方との接点が多くなる人事担当者は、自然と両者を結ぶコミュニケーションハブとなるでしょう。急な舵取りが多い中、経営陣の想いを現場に伝えるだけでなく、現場が困っていることを細かく拾い上げることで、採用計画や育成計画、新たな人事制度などの立案・提案に役立ちます。
もう一つの大事なポイントは、社外に情報網を持つこと。特に小規模な会社は一人で人事を担当することも多いので、他社の人事担当者と勉強できる場には積極的に参加して「一人で抱え込まない」環境を作ることが大切です。情報収集だけでなく、メンタルヘルスケアにもつながるでしょう。
参考:
経済産業省『人材競争力強化のための9つの提言(案)~日本企業の経営競争力強化に向けて~』
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/jinzai_management/pdf/004_02_00.pdf
TEXT:国家資格キャリアコンサルタント 戸田敏治
EDITING:Indeed Japan + ノオト