「採用DX」とは、採用活動全体を変革すること
――求人情報サイトを利用するなど、採用活動にインターネットを利用する企業は珍しくありません。「採用DX」とは、どんなことを指すのでしょうか?
まず、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」について説明します。経済産業省による「DX推進指標」によれば、DXとは「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義されています。
この中でポイントとなるのは「競争上の優位性を確立する」という点です。紙の書類をやめてデータでやりとりする、あるいは求人サイトや採用管理システムを使うことは、業務の効率アップやコストの削減につながります。しかし、「競争上の優位性を確立する」ところまでは至っていないのではないでしょうか。
たとえば、講演やセミナーを開催して収益を得るビジネスをしている企業があるとします。従来は会場を借りて、現地で参加した人から受講料を得ていたところを、講演を動画に撮ってインターネット上にアップし、全国どこからでも閲覧できるようにするサービスに変えたとします。従来よりも多くの受講者を集められますし、他社に先んじてサービスを開始すれば、競争優位性も確立されるでしょう。
デジタルツールを取り入れるだけではなく、データやデジタル技術を通じてビジネスモデル自体を抜本的に改革し、変化する市場で選ばれ続ける企業に変わっていくことが「DX」なのです。
――採用活動においてもDX化が注目されているのはなぜですか。
急激に進む労働人口の減少により、人材獲得が難しくなっているからです。採用活動にとっての「競争優位性」とは、「自社に必要な人材を今後も採用し続けられるようにすること」です。人口が減少する中で、これまでと同じ方法で漫然と採用活動をしていては、成果は得づらくなるでしょう。
採用におけるDX化でも、業務プロセスのデジタル化にとどまることなく、採用全体のプロセスを抜本的に変革することが重要です。
CXとEXの両方を高める手段を考える
――「採用全体のプロセスを変革する」ために、何を行うべきでしょうか。
採用のプロセスは「候補者に自社を認知してもらう→応募してもらう→社内で選考を行う→採用する→自社で活躍してもらう」という段階に分けられます。これらの全ての段階において、何を目的として行うのか、目的を達成するためにはどんな手段によって行うかを再度検討するべきでしょう。
具体的には「CX(Candidate Experience=候補者体験)」と「EX(Employee Experience=従業員体験)」の両方の内容を整理し、質を高めることが必要とされています。
現在の採用市場は求職者の数よりも求人の方が多い、圧倒的な「売り手市場」と言えます。ですから、企業は採用サイトや求人広告にますます力を入れています。しかし、求職者(候補者)からは「どの求人も同じように見える」「たくさんの情報の中から、どう選べばいいのか分からない」といった声も聞かれます。「CX(候補者体験)を高める」とは、自社が採用したい候補者に対してこうした思いをさせず、スムーズに企業の認知から応募、選考に進んでもらうための工夫をすることです。
まず「候補者に自社を認知してもらう」では、現状、自社は誰に知られていて、誰に知られていないのか、どんな人に知ってほしいのかということから考えます。どんな資格や職務経験を持っていて、どんな目標を持っている人を採用したいのか。その条件に当てはまる人に自社を知ってもらうには、どんな方法でアプローチするべきなのか。今まで通りのサイトでいいのか、SNSを活用すべきなのか……と、ここで初めて新たにデジタルツールを導入するか否かという議論になります。DXと言っても、デジタル化はそれ自体が目的ではなく、あくまで自社に必要な人材を採用するための「手段」です。
応募や選考のプロセスにおいても、「候補者にどう感じてもらえば応募につながるか?」というように、候補者の感情の変化や理想的な体験の流れを想定して、それを実現する手段を選んでいくことがCXを高めることにつながります。
――採用において、候補者の体験(CX)の質を高めることが重要ということはよく分かりました。すでに採用している従業員の体験(EX)の質も向上させなければならないのはなぜですか?
従業員の体験(EX)こそが、求職者や候補者が本当に知りたい情報であるためです。
給与や福利厚生、休暇の取りやすさ、働きがいや働きやすさといった情報は、どの企業も積極的にアピールしています。それに対して求職者は「実際に働いている人はどう思っているか」が知りたいと感じています。
そのため、企業のWebサイトで従業員のインタビューなどを通して“生の声”を発信している企業が少なくありません。しかし、こうしたコンテンツも従業員が本当に「この会社で働いて良かった」と感じていないと作ることができませんし、発信の内容に取り繕っているところがあればすぐに見ている人には伝わってしまうものです。「採用」がゴールではなく、採用した人に社内で長く活躍してもらうことが本来の採用活動の目標であるはずです。EXが低い状態では、採用はできても入社した後に「思っていた職場とは違った」とすぐに辞められてしまう事態も起こり得ます。
逆に、EXの質が高い企業であれば、求職者にとって魅力的な情報を多く発信することができるということです。動画やSNS、オウンドメディアなどを使った発信の効果も期待できるでしょう。EXの質を高めることこそが、CXの質を高めることにもつながるのです。
目的を明確にしてデジタルツールの活用を
――「採用DX」とは採用活動全体を変革することであり、デジタルツールはその実現のための手段であるという考え方を持つべきなのですね。
その通りです。「流行っているから」「多くの人の目に触れそうだから」「安いから」といった理由で、デジタルツールを使ってみても思うような効果は出ないでしょう。ツールだけを変えても採用活動の変革にはなりません。
ただ、採用活動に多くの費用や人手をかけられない中小企業にとって魅力的なサービスや商品が増えていることも事実です。面接の日程調整や社内の合意形成をスムーズにするシステムもありますし、適性検査の実施から採点までWeb上でできるサービスもあります。CXやEXを整理し、採用活動の目的と、実現するために解決すべき課題が明確になっていれば、自社に適したサービスを導入して活用することもできるのではないでしょうか。
採用DX、つまり採用活動全体の変革はすぐに結果が出るものではありません。仮説を立てて施策を実施し、その成果を確認し仮説を検証する、いわゆるPDCAサイクルを回して徐々に改善していくものです。
採用環境が変化するなか、今まで通りの方法では優位性が確保できない企業は多いでしょう。DXをリスタートの機会ととらえて挑戦していくことは、どの企業にも求められていると思います。
<取材先>
株式会社アタックス・セールス・アソシエイツ コンサルタント
酒井利昌さん
学習塾業界、人材サービス業界を経て、株式会社アタックス・セールス・アソシエイツへ入社。年間200日以上の研修、セミナー、営業・採用コンサルティング支援に従事。新入社員や若手社員向けの研修なども実績多数。著書に『いい人財が集まる会社の採用の思考法』がある。
TEXT:石黒好美
EDITING:Indeed Japan + 笹田理恵 + ノオト