勤務先において最低限の仕事はするものの、熱意や帰属意識を持たず、まるで退職しているかのような働き方「静かな退職」を選ぶ人が、若手ビジネスパーソンを中心に増えつつあります。2022年9月に公表された米ギャラップの調査では、回答した労働者約1万5000人のうち、約半数が「静かな退職」に該当しました。
日本国内でも同様の姿勢が見られる一方で、取り組みがいのない業務や職場環境の「ゆるさ」に不満を持ち、実際に退職を選ぶ若手社員もいます。企業は従業員のモチベーション対策にどう向き合うべきでしょうか。採用ブランディングを手がけるcore words株式会社代表の佐藤タカトシさんに伺いました。
若手の「静かな退職」に企業が頭を抱える理由
Z世代に多いとされる「静かな退職」は、日本でもここ数年で見られるようになったと感じます。多くの若手ビジネスパーソンは、自分が取り組んでいる業務や在籍する企業で「必ず何かを成し遂げたい」とは思わなくなっているのです。
その背景として、今の時代は自己実現や収入を得る選択肢が多様化していることが挙げられます。本業以外に副業や創作活動が手軽にでき、承認欲求を他所で満たせるようになりました。さらに転職市場は活況で、転職を前提としたキャリアを描きやすく、今の勤務先への帰属意識が育まれにくい状況もあります。本業に固執する必要がない社会構造になっているため、「静かな退職」者が生まれてしまうのは仕方ない側面があるのかもしれません。
企業はこうした「静かな退職」への悩みを深めています。従業員には成果をあげてもらわなければなりませんが、最低限のタスクはこなしているため、ペナルティを課すこともできません。上の世代とは大きく異なる若手の価値観に寄り添う必要もあります。
加えて、「静かな退職」状態の従業員は意見を言わないので、何を考えているのかがわかりにくいのです。コロナ禍で浸透したリモートワークが、この悩みをより深刻なものにしています。オンライン上のやり取りでは、用件以外の話題に及ぶことが少なく、従業員の考えや悩みが把握しにくくなっています。こうした状況が積み重なり、「静かな退職」をした従業員にどう向き合えばいいのか皆目見当もつかない、と企業は頭を抱えてしまうのです。
なお、「静かな退職」はミドル・シニア層のいわゆる「働かないおじさん」とは背景が異なります。後者は、ある程度年収を得ながらも昇進できなかったミドル・シニア層が、仕事へのやりがいを見出せないケースです。年齢も年収も高いがゆえに転職するのも難しく、「選択肢がない」という点において、若手の「静かな退職」とは真逆の背景があるといえます。
「ゆるい職場」にも不満を抱く
一方で、仕事に熱意を持つがゆえに、会社から離れていく若手ビジネスパーソンもいます。彼らの不満の矛先は、取り組みがいのない業務や職場環境の「ゆるさ」です。
楽な仕事なら歓迎されそうですが、そうではありません。「ゆるい職場」に若手が見切りをつける理由は、不確実で先が見えない世の中で、どこでも活かせそうなスキルを身につけたいことにあります。近年、新卒学生の就職先としてコンサルティングファームが人気である理由も同様で、「つぶしがきく」スキルが注目されているのです。学生や若手のうちから、自分がやりたい仕事を見出せる人は稀でしょうから、まずは自分の市場価値を上げ、「食いっぱぐれ」を防ぎたいと考えるのだと思います。
また、キャリアが多様化している時代において、社内にロールモデルが見つからない若手は不安を募らせています。自分の市場価値を上げられそうになく、身近に目指したいと思える人も見当たらなかった時に「静かな退職」を選択し、やがて本当に退職していくのでしょう。
企業は従業員のモチベーション対策をどう考えるべきか
企業が従業員の帰属意識を高め、前向きに働いてもらうためにはどうすればよいのでしょうか。特に35歳以下の若手を中心とした従業員のモチベーション対策について解説します。
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◆「モチベーション」とは何か
具体策に入る前に、そもそも働くモチベーションとは何か、アメリカの心理学者であるアブラハム・H・マズローが提唱した「欲求5段階説」をもとに考えます。
マズローは人間の欲求を以下の5段階に分類し、人は低次元の欲求が満たされれば高次の欲求を満たすために行動するとしています。
- 生理的欲求:衣食住が満たされること
- 安全欲求:安心で安全な生活ができること
- 社会的欲求:家庭や友人、会社などの組織やコミュニティに属して安心感を得たいと思うこと
- 承認欲求:人から認められ、尊敬されたいと思うこと
- 自己実現欲求:自分の可能性を発揮してありたい姿に近づきたいと思うこと
このうち、企業が従業員に提供できるよう意識すべきものは、上位にある承認欲求、自己実現欲求だと考えます。従業員はこうした高次の欲求が満たされることで、仕事へのモチベーションが高まるのです。高い報酬を与えるなどの外発的な動機ではなく、承認欲求や自己実現欲求といった、個人の心理的な欲求を満たす内発的な動機付けは、モチベーションを長く維持することにもつながります。
◆モチベーション対策のカギを握るのは、現場マネージャーと人事部門
では、企業は従業員の承認欲求や自己実現欲求をどのように満たし、業務の成果をあげていくべきなのでしょうか。その牽引役となるのは、現場のマネージャーと人事部門です。
・現場マネージャーは、従業員へ仕事の価値を伝える
従業員のモチベーション対策の出発点として、毎日の業務がどのような社会課題の解決に紐づいているのかを本人に伝え、仕事の意味づけをしてあげることが必要です。自社のビジョンやパーパスといった上位概念と、従業員の仕事をつなげて説明するコミュニケーションも求められます。自分の仕事が誰の役に立ち、社会や自社へどう貢献できているのかを感じられることは、承認欲求や自己実現欲求の充足につながるからです。
社会経験の少ない若手が自分自身で仕事の意味づけを考えるのは、難しいものがあります。だからこそ、従業員一人ひとりの様子を把握している現場の上長が対話役として適任です。従業員が「静かな退職」に陥るのを防ぐためにも、承認欲求や自己実現欲求を満たすコミュニケーションは優先度を上げたい重要な営みです。
なお、その方法としては、従業員とその上長が1対1で定期的に話す時間を設ける「1on1」が代表的です。
・人事部門は、全社共通の仕組みやツールを整備する
現場マネージャーが従業員と個別に対話を試みるのに対し、人事部門は全社共通の環境を整える役割を担うべきだと考えます。全社のパーパスやビジョンを策定し、従業員のキャリアパスを明示して、ツールや仕組みで現場マネージャーを支援するのです。
たとえば、従業員の表彰制度は、彼ら・彼女らの承認欲求を満たせるとともに、ロールモデルを示す効果があります。あるいは評価制度を整備し、キャリアの選択肢を従業員へ見せる取り組みも有用です。
現場マネージャーへの支援としては、部下育成が属人的にならないよう1on1などのコミュニケーション制度を整えたり、マネージャー層の育成をしたりすることが挙げられます。さらに、部門横断で対話する場を設けて、他部門の取り組みを知る機会をつくるのもよいでしょう。最近は、フランクに情報交換をする「ワールドカフェ」や、経営陣や活躍する従業員がオンラインで話す「社内ラジオ」を実施する企業も散見されます。これらの取り組みは、多忙ゆえに近視眼的になりがちな現場マネージャーの視野を広げるきっかけになるのです。
これらの環境整備と並行して、人事部門は労務管理もきちんと行う必要があります。従業員が仕事に邁進するあまり、身体を壊してしまうほど働きすぎる事態は避けなくてはなりません。マズローの「欲求5段階説」における生理的欲求が満たされていないと、仕事へのモチベーションどころではない状態に陥ってしまうからです。企業として労働基準法を守り、健康経営に努めることは、モチベーション対策の前提条件となります。
従業員のモチベーション対策は、本質的には「企業改革」である
今回ご紹介したモチベーション対策は、人事制度の整備など大掛かりなものも含まれるため、経営トップがコミットしないと成し遂げられない「企業改革」といえます。歴史が長い企業や大企業であるほど改革は難しくなりますので、経営トップが改革への姿勢を示すことがより重要です。
そのうえで人事部門ができることは、他社の事例を伝えるなどしてトップを「その気にさせる」ことではないでしょうか。最近は、従業員や組織に関する施策を企業が開示する「人的資本情報の開示」の流れもあり、人や組織へ投資しない企業は株主から投資されず、経営への悪影響も出てしまいかねません。
これからの時代は、人や組織へ真摯に向き合い、従業員が健全なモチベーションをもてるよう努める企業に人が集まるでしょう。各企業は、従業員の「静かな退職」や実際の離職を防いで前向きに働いてもらうために、パーパスやビジョンを定め、会社の方向性と従業員の自己実現を重ね合わせるためのコミュニケーションを行うことが求められています。
※記事内で取り上げた法令は2022年12月時点のものです。
<取材先>
core words株式会社・代表 佐藤タカトシさん
1976年1月1日生まれ。2001年4月、リクルートコミュニケーションズ入社。11年間に渡り、大手自動車メーカー、大手素材メーカー、インターネット関連企業、流通・小売企業など、100社以上の採用ブランディング、採用コミュニケーションを支援。マネージャー、クリエイティブディレクターを務めたのち、2012年7月、大手IT企業に転職。採用チームに所属し、採用ブランディングとダイレクトリクルーティングをメインミッションとして活動。2015年7月、core wordsを設立。東京大学理学部卒。東京大学大学院理学系研究科修了。
TEXT:御代貴子
EDITING:Indeed Japan + ノオト