近年、企業の採用担当者や広報担当者が、個人名でSNSアカウントを運用するケースがみられます。所属部署や役職にとどまらず、本名や顔写真を公開して行われる広報業務には、どのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。また、企業側は、これをどこまで業務として社員に命じることができるのか、うたしろFP社労士事務所の社会保険労務士・歌代将也さんに解説していただきました。


実名、顔出しでSNSを運用するメリット・デメリットとは


会社名ではなく、社員の個人名で広報活動を行なう企業のSNSアカウントは、その企業をより身近に感じてもらうための工夫のひとつです。企業名や部署名のアカウントで発信するよりも受け手にとってのハードルが下がることで、情報が拡散されやすくなるというメリットが生まれます。
 
実際、企業が発送するダイレクトメールでも、送り主を企業名とするより個人名に設定したほうが、開封率が上がるというケースも増えています。インターネット上に多くの情報が氾濫する現代において、こうした個人名アカウントの運用は、企業の広報活動において一定の効果が見込めると言えるでしょう。
 
ただし、デメリットがないわけではありません。当然のことながら、名前を公開している社員が何か個人的なトラブルを起こした場合、企業全体のイメージダウンに繋がる可能性は否めないでしょう。また、アカウントが話題を集め企業名よりも個人名が広く浸透した場合、担当者の異動や退職によって、ファンになってくれた人たちをアカウントごと失ってしまうことになります。そうなると、SNSマーケティングを1から立て直さなければならず、時間や労力の無駄が生じることになります。

業務として個人名の公開を命じることは可能なのか?


こうしたメリット・デメリットを踏まえたうえで、担当者個人のパーソナリティを全面に出したSNS運用を決めたとしても、企業側が従業員に業務として命令することには、いくつかの問題が発生します。
 
たとえば、プロフィールなどで顔写真の公開を強いることは、個人の人格的利益を保護する「人格権」や、容姿に帰属する人権を守る「肖像権」に抵触する可能性が高いでしょう。また状況によっては、プライバシーの侵害にあたることも考えられます。また、個人名の公開を強要することに対しては、「個人情報の保護に関する法律」(個人情報保護法)への抵触リスクも生じます。
 
リスクを排除するには、あらかじめ本人の了解を明確に得ておかなければなりません。企業と担当者本人の間で意思確認を徹底し、本人が納得したうえで個人情報をどこまで公開するのか、事前に話し合っておくべきです。

個人名で企業SNSを運用する際の注意点


様々なリスクを鑑みれば、親しみやすいアカウントの運用を目指すのに際し、そもそも「実在の個人である必要はない」という考え方もひとつかもしれません。企業のイメージキャラクターや架空の担当者名を用いれば、人格権や肖像権への抵触を回避することができます。
 
もし実在する個人名を使用するにしても、アカウントを開設する際には、担当者個人のアカウントを流用するのではなく、会社が運用するアカウントを新規に取得するのが無難でしょう。このことで、担当者の異動や退職といった不測の事態に直面しても、新しい担当者にアカウントを引き継ぐことができます。
 
さらに、個人名であってもあくまで企業を背負ったアカウント運用であるため、炎上対策も万全にしておく必要があります。SNSの使い方に慣れていて、インターネットリテラシーが高い担当者を任命することは大前提で、投稿する内容についても、事前に最低限のチェック体制を設けておくのが理想的でしょう。不適切な用語を使ったり、不用意にリリース前の機密情報を投稿してしまったりするといったトラブルは、作業フローの設計次第で未然に防ぐことができます。
 
こうした点に注意を払えば、個人名でのSNSアカウントは採用候補者への効果的なアプローチ手段ともなりえるでしょう。

 
 
 

<取材先>
うたしろFP社労士事務所 社会保険労務士 歌代将也さん
 
TEXT:友清哲
EDITING:Indeed Japan + 波多野友子 + ノオト