企業の成長のためには、人材の定着は欠かせない要素の一つです。離職者が増え、人材が他社に流出してしまうことが企業にもたらすリスクにはどのようなことがあるのでしょうか。離職を減らすために企業ができることを、組織・人事領域全般の研究知見とデータ分析に詳しい、ビジネスリサーチラボ代表の伊達洋駆さんにお聞きしました。


人材流出とは


人材流出とは、自社の従業員が離職して他社へ転職したり、独立したりすることを指します。企業が成長を続けていくにあたって、特に優秀な人材が離れることは大きな痛手ともなります。
 
離職には主に、企業の業績悪化などによる会社都合の離職と、従業員が自発的に退職する従業員都合の離職がありますが、この記事では後者の離職についてまとめています。

離職者の増加が企業に与える影響

◆日本企業の育成システムが機能しなくなる


多くの日本企業では「メンバーシップ型雇用」と呼ばれる、年功序列や新卒採用など、長期雇用を前提とした雇用システムが用いられています。社内で人材育成を行い、従業員が一つの会社で能力を身につけていきます。
 
せっかく育てた従業員が離職すると、企業としては人材育成にかけたコストを回収することができません。また離職者が続出した結果、育成システムが機能しなくなると、企業が育成へのモチベーションを失い、従業員が個人で能力を身につけていかなければならない可能性もでてきます。特に経験の少ない若手にとっては良くない環境です。
 
このように、離職者の増加は企業の運営に中長期にわたって徐々に打撃を与えていきます。

◆パフォーマンスの低下


人材不足によってメンバーの連携がうまくいかず、複雑な業務に対応できなくなると、業績が下がる可能性があります。
 
また、常に離職者が多い企業は、離職に結びつきやすい要因を有した環境であると推測できます。放置しておくと、残っている従業員の間でも離職者が増え、新しく採用しても人材が定着しにくくなります。

離職の原因

◆離職につながる心理的状態


離職の原因は対人関係や業務内容、待遇など、個人個人で様々な理由が考えられます。何か一つの原因で離職するわけではありません。一方で、離職につながる心理状態として下記の2点が考えられます。

 

・組織コミットメントの低下


組織コミットメントとは、組織に所属する個人の、組織に対する愛着などを指し、会社と従業員の関係性に大きく関わっています。「会社のことがあまり好きではない」と感じているときは、組織コミットメントが低下している状態です。

 

・ワークエンゲージメントの低下


ワークエンゲージメントとは、仕事に対する熱意や活力のことで、業務と従業員の関係性に大きく関わっています。ワークエンゲージメントの低さは、従業員が仕事に対する熱意や意欲を失っている状態を示します。
 
これら2つは連動して関わり合っており、どちらも意識して高めていくことが大切です。そのためには助け合いができる対人関係の構築が必要でしょう。「忙しいときはメンバー同士でサポートする」「業務を進める上で助言をしてくれるメンバーがいる」という、支援が得られる環境が重要だと考えられています。

◆やりがいや意欲向上につながる仕事の性質


組織コミットメントやワークエンゲージメントを高めるには、下記の5つの仕事の性質を理解する必要があります。

 

1.多様なスキルが求められる仕事


単純な作業ではなく、様々な能力を用いる仕事。たとえば資料作成では、資料の体裁を整えるだけではなく、説得力のある資料になるよう、企画から構成、見せ方まで自主的に考えて取り組める状況などを指す。

 

2.仕事の全体像が見える仕事


初めから終わりまで関わることができる仕事。あるいは、自分の業務がその案件のどの部分を担い、役立っているかなど、仕事の全体像が把握できる状況。

 

3.重要性を感じられる仕事


社内で重要性が高いと認識されている仕事。

 

4.自己裁量が大きい仕事


業務の進め方やスケジュール、ゴールを自分で決められる余地がある仕事。

 

5.フィードバックが得られる仕事


自分の働きぶりがどうだったのか知ることができる仕事。
 
この5つの要素と逆の性質を持つ仕事や働き方は、離職につながりやすくなると考えられています。
 
先述した「メンバーシップ型雇用」は、長期に渡って若手から人材を育成できるメリットを持つ反面、近年では、若手人材が簡単な仕事を与えられて意欲を失い、離職につながりやすいという問題点も指摘されています。簡単な仕事から難しい仕事にステップアップしていくことは育成上は有益ですが、人材定着の観点からは限界があります。

離職を防ぐために企業ができること

◆退職者面談


主に人事部が退職者に対して、退職時に実施します。本人に退職理由や退職を考えたきっかけなどを聞き、その内容を今後の環境改善に役立てる手法です。
 
ただし、退職する従業員に話を聞いても「すでに去ることを決めた職場に対してはもう期待をしていない」「自分が在籍していた職場を否定することで、自分の過去も否定することになってしまう」という心理から、なかなか本音が聞き出せず、離職の原因を探りにくくなるケースもあります。

◆組織サーベイを活用する


従業員にアンケートを実施し、職場の状況、組織の活性化度合い、仕事に対する満足度などを知る手法です。離職要因の改善につなげることができます。
 
組織サーベイは自社で調査内容を作る場合と、外部機関に依頼するケースがあります。いずれにしても、離職を防ぐことを目的として行う場合、下記についての質問を盛り込み、調査することが重要です。

 

・会社で働き続ける意思があるか


離職を課題として考える際、会社を「辞める」「辞めない」の二元論として捉えがちだが、両者の間にはグラデーションが存在する。まずは従業員の離職意思の高低について測定する。

 

・離職につながる要因を特定する


先述した「組織コミットメント」や「ワークエンゲージメント」、意欲を感じる仕事の5つの要素のうち、自社において重要な要素を調査する。
 
この2つの結果をもとに、従業員が良い状態で長く働き続けられるために何が必要なのかを分析し、重要度の高い要素を職場環境に取り入れていきます。
離職が増える要因は企業によって異なります。まずは自分の会社のどのような面が離職者を増やす原因につながっているのかを知ることが重要です。

 
 
 

※記事内で取り上げた法令は2021年11月時点のものです。
 
<取材先>
株式会社ビジネスリサーチラボ 代表 伊達洋駆さん
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。近著に『人材マネジメント用語図鑑』(共著;ソシム)など。
 
TEXT:宮永加奈子
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト