タクシーの運転手といえば「中高年の仕事」「仕事を定年退職した人のセカンドキャリア」というイメージがあるかもしれません。しかし「宝タクシー」で知られる名古屋市の宝交通株式会社には、タクシードライバーを希望する若い世代からの応募が増えているといいます。竹内正和専務、タクシー事業部の伊藤昭和さん、グループ広報の兼氏学さんにその理由をお聞きしました。
業務に対するネガティブなイメージを払拭する
――宝タクシーでも、長年タクシードライバーは50代以上の方がほとんどであったとお聞きしました。ドライバーの年齢層に偏りがあることを、どのように考えておられましたか。
竹内:一つはドライバーの高齢化に伴い、どうしても交通事故のリスクが高くなってしまうことが大変気がかりでした。
もう一つは、接客サービスの質の問題です。ベテランのドライバーが多かったせいか、中には「自分がお客様を運んでやっているんだ」とも取れるような、残念な接客をされている方もいらっしゃいました。宝グループはタクシー部門の他にマンション関連部門、自動車関連部門、ホテル・レジャー部門と様々な事業を手がけているのですが、私がホテル部門からタクシー部門に異動してきた際にはとても驚きました。
そこで、社員教育の見直しと同時に、社員の経歴や年齢層に多様性があったほうが望ましいのではと考え、若い世代の採用や新卒採用に力を入れ始めました。
――若い世代にタクシー業界が敬遠される理由は、どんなことだと考えておられましたか。
竹内:やはり「中高年以上の仕事」というイメージもあったでしょうし、長時間労働をしなければならないという誤解もあるのではないでしょうか。実際には拘束時間や勤務終了後の休息期間については国が定めた基準がありますので、決められた時間内で働くことになりますし、休日も最低でも月に6~7日はあります。時間外労働が少ないというのもタクシードライバーの仕事の特長です。採用活動の中では、こうした誤解を解いていくことを重視しています。
伊藤:「仕事の内容のわりに、稼げない」という誤解も根強いと感じています。当社では、50~60万円の月給を得ているドライバーもいます。もちろん、給与よりも自分のペースを大切にしたいという人もいますし、都合に合わせて勤務日の振り替えもしやすい仕事です。
兼氏:最近はスマートフォンのアプリを使ってタクシーを呼ばれるお客様が増えています。いわゆる「流し」といって、町の中を走ってお客様を探したり、駅などでお客様を待つしかなかった時代と比べると、経験の少ないドライバーでも売上を上げやすくなっています。
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仕事の魅力をリアルに伝える
――若い求職者にタクシードライバーの仕事の魅力を伝えるために、工夫されていることを教えてください。
竹内:新卒採用では、インターンシップの一環としてタクシーの「同乗体験」を行っています。実際に走っているタクシーの助手席に乗り、ドライバーの横でリアルなお客様とのやりとりや、運転技術を見ていただくというものです。入社後の自分の姿を想像しやすいよう、主に入社1~2年目の若いドライバーの車に乗っていただくことが多いです。
伊藤:自動車学校を貸し切って、ドライバーの仕事に興味のある方に練習コースでタクシーを運転していただく体験会も何度か行いました。車いすのまま乗れる介護車両やハイヤーにも乗ってもらい、タクシードライバーの仕事の幅も知っていただいています。こちらも入社1~2年目の若い社員に指導係を務めてもらっています。
――実際の仕事の内容を、現役の社員から伝えることを重視されているのですね。
竹内:そうですね。最近の若い方は福祉の仕事や「人の役に立つ仕事がしたい」という意欲が非常に高いと感じます。介護の資格を生かしたいという方も多く、高齢者の送迎や、ドラッグストアと提携して始めた「買い物代行」の仕事も「ぜひやりたい」という声が多いです。
伊藤:学校では観光について学んでいた人や、ツアーコンダクターだった方が観光タクシーの仕事がしたいと入社することもあります。観光タクシーの事業も、数年前に採用した新卒者のプロジェクトとして、サービス内容を考えて提案してもらったものです。その後、この企画をもとにそれぞれのドライバーがご案内する観光地を考えたりと、各ドライバーのアイデアを生かした仕事にもやりがいを感じてくれているようです。
採用や若手ドライバーが活躍できる職場づくりの結果として、2020年には62歳であったドライバーの平均年齢は現在では50歳に、ドライバー515名のうち、20代が16%、30代が10%となり、4人に1人が20~30代となりました。
IT化よる「安心・安全」の職場づくり
――タクシードライバーのネガティブなイメージをなくすことで、若い人が働きがいを感じられるようになったのですね。
竹内:さらに、IT化によってタクシードライバーが「安心・安全」に働けるようになったことも大きいと思います。
今は全車に最新のドライブレコーダーと、ドラレコのデータを解析するシステムを入れています。各ドライバーの運転の傾向を把握し、より安全に運行するための指導やアドバイスができるので、事故の軽減に大きく役立っていると思います。
また、残念ながらタクシーは時にお客様からいわれのないクレームを受けることもあります。ドライブレコーダーの搭載により、運転やお客様とのやりとりがすべて記録されますので、トラブルの際にも事実に基づいてお客様にご説明することが可能になりました。
ドライブレコーダーのデータは本部がリアルタイムで把握していますので、トラブルや事故の際にもいち早くドライバーと連絡が取れるようになりました。
伊藤:安心して働ける職場環境になったおかげで、若い人や女性ドライバーの定着率も上がりました。以前のタクシードライバーは、どちらかと言えば「一匹狼」的な働き方でしたが、最近ではドライバー同士が情報交換をしあって、チームで仕事をしている、という意識を持つ社員が増えてきたと思います。
社員のやる気を生かせる企業に
――20代・30代のタクシードライバーのキャリアプランにはどのようなものがありますか?
伊藤:入社して1年後には「タクシー運行管理者」という国家資格を全員が受験します。その後、キャリアを重ねて管理者になることもできますし、法人のお客様向けのハイヤーなど大型車両の運転手を目指すという道もあります。
ある若手女性ドライバーは、妊娠中はドライバーから内勤の仕事に移っていますが、産休・育休を終えたらまたドライバーとして復帰したいと言っています。タクシードライバーの仕事は時間に比較的融通を効かせやすいですから、子育てとの両立も十分に可能だと思います。
竹内:先ほども申し上げた通り、宝グループにはタクシー以外の事業もありますから、入社してから接客の仕事は自分に合わなかった、となったら異動もありえます。
ただ近年は、タクシードライバーはドライバーに特化した採用活動を行っているため、定着率は高まっています。人の役に立ちたい、お客様とのふれあいを大事にしたいと入社してくれる社員の気持ちに応えるためにも、これからも職場環境や待遇の改善を進めていきたいと考えています。
<取材先>
宝交通株式会社
専務 竹内正和さん
タクシー事業部 伊藤昭和さん
グループ広報 兼氏学さん
TEXT:石黒好美
EDITING:Indeed Japan + 笹田理恵 + ノオト