退職金支払いのために企業がすべきこと
まず、前提として企業は「退職金」を必ず支払わなければならないものではありません。労働基準法には退職金に関する取り決めがないため、退職金を支払うかどうか、額面をどれくらいにするかは、各企業が自由に設定してよいことになっています。
しかし、優秀な人材確保や労働者の勤労意欲を引き出すためにも、多くの企業は福利厚生として勤続年数や役職に応じた退職金を支払うことを自社の就業規則で定めています。
退職金制度を導入後、実際に支払うことになった場合は、企業は次のような手続きを行う必要があります。
◆退職金支払いのために企業がすべき手続き
- 勤続年数をカウントし、課税所得金額を計算する(原則、育児休業や介護休業期間など、実際に労務提供がなかった期間は勤続年数にカウントされない)
- 退職所得の受給に関する申告書を退職者へ渡し、希望に応じて申請書を受領し、保管する
- 源泉徴収票を作成する
退職者本人が行うべき手続きとは
退職金を受け取る労働者側も、企業側ほど複雑ではありませんが行うべき手続きが一点あります。企業担当者は退職者に対し、「退職所得の受給に関する申告書」を記入・提出してもらいます。
労働者が申告書を提出しない場合は、受け取った退職金に対して一律に20.42%の所得税(所得税と復興特別所得税)が課税されます。申告書を提出することで退職金とそれ以外の所得が分離されるため、提出を促すようにしましょう。
◆退職金を受け取るために労働者がすべき手続き
労働者が退職金を受け取る方法には、おもに次の2種類があります。
1. 一時金として受け取る
退職時に一度に全額の退職金を受け取る方法です。一時金で受け取った場合には、「退職所得」として所得税・住民税の課税対象となります。
2.老後に年金として受け取る
退職年金を老後に分割して年金として受け取る方法です。年金として受け取る場合は、一時金の場合と異なり、「雑所得」として所得税・住民税の課税対象となります。
一般には「年金」として分割して受け取る方法のほうが、受け取りの総額としては多くなります。ただし、一時金として受け取った場合、「退職所得」として所得控除されるため、税金の面で優遇されることもあります。
「一時金」と「年金」では税制上の取り扱いが異なるため、どちらが得であるかは一概に言えません。労働者自身がライフプランと税制上の優遇措置を照らし合わせて判断するなどして決めます。
退職金を支払わなかったらどうなる?
就業規則に退職金に関する規定があるにも関わらず、企業が退職金を支払わなかった場合、労働者側には支払いを求める「退職金請求権」が発生します。
退職金が期日までに支払わなれなかった場合、労働者は未払い請求や法的手段を用いて企業を相手に訴訟を起こすことができます。支払時期を過ぎると年3%の割合で遅延損害金が発生することになります。
ちなみに、退職金請求権には5年の時効があり、5年を過ぎると請求権は消滅します(労働基準法115条)。
退職金支払いの際に注意すべきポイント
◆役員退職金の場合
退職所得の源泉徴収票・特別徴収票を管轄の市区町村および税務署に提出する義務が生じます。また、役員の退職に伴って支給される退職金の場合、法人が役員に支給する退職金で適正な額のものは、損金の額に算入されます。その退職金の損金算入時期は、原則として、株主総会の決議などによって退職金の額が具体的に確定した日の属する事業年度となります。
ただし、法人が退職金を実際に支払った事業年度において、損金経理をした場合は、その支払った事業年度において損金の額に算入することも認められます(参照:国税庁「No.5208 役員の退職金の損金算入時期」概要)。
役員の退職に伴って支給される退職金の場合、退職所得の源泉徴収票・特別徴収票を管轄の市区町村および税務署に提出する義務が生じます。これは役員退職金が法人の事業年度の損金の額に算入されるからです。
市区町村には退職後1カ月以内に、税務署には退職年の翌年1月末までにそれぞれ提出してください。
◆退職金に源泉所得税が発生する場合
退職金に源泉所得税が発生するケースでは、給与源泉所得税の納付書に退職金の明細を記入して支払う必要があります。納付期限は通常、給与源泉所得税と同じで退職金支給日の翌月10日とされています。ただし、納期の特例を受けている場合は、その特例期限に従わなければなりません。
退職金制度を導入する際は、無用なトラブルを防ぐために適用者の範囲やルールをしっかりと決めておきましょう。
※記事内で取り上げた法令は2022年11月時点のものです。
<取材先>
社会保険労務士法人 小林労務 大阪オフィス パートナー社会保険労務士
小松容己さん
東京都出身。明治大学経営学部卒業。2016年に株式会社小林労務に入社し、20年に「社会保険労務士」登録。22年3月、大阪オフィスの所長に就任。社会保険や労働保険手続き、給与計算実務、就業規則の作成・精査をはじめ、雇い主と従業員間のトラブル対応やセミナー講師等、多数実績あり。
TEXT:阿部花恵
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト
