第13回 若者の公務員・大企業離れをチャンスに変える採用戦略
就職希望者の減少や離職者の増加など、若者の公務員・大企業離れが目立ってきています。その原因については、一般にワークライフバランスの問題であり、長時間労働の是正など働き方改革の課題として、とらえられがちです。
しかし、実際に優秀な若者の声に耳を傾け、職場の状態を見ていくと、経営理念や事業目的の不明瞭さ、働きがいの喪失など、様相の異なる問題が浮かび上がります。
そこで、中小企業の経営者や管理職層は、いかにこの状況をとらえ、自らの採用戦略の糧とすべきか。FeelWorks 代表・前川孝雄さんが考察します。
20代キャリア官僚の退職が6年間で4倍に!
政府のまとめによると、2019年度に自己都合で退職した20代の国家公務員総合職は87人。6年前の21人から毎年増加し、4倍を超えたとのことです。また、国家公務員採用試験でも、総合職の申込人数はピーク時1996年の45,254人から年々減少し、2021年は14,310人。3割規模にまで低下しているのです。
こうした傾向については、2020年11月に河野太郎・国家公務員制度担当大臣が自身のブログに実状を公表し、コメントを付記。「危機に直面する霞が関」とのタイトルが、話題を呼びました。その公表内容は、次のとおりです。
30歳未満の国家公務員で、「すでに辞める準備中」「一年以内に辞めたい」「三年程度のうちに辞めたい」のいずれかが、男性15%、女性10%。
その退職希望理由は、「もっと自己成長できる魅力的な仕事につきたいから」が、男性49%、女性44%。「長時間労働等で仕事と家庭の両立が難しいから」が、男性34%、女性47%。「収入が少ないから」が、男性40%、女性28%。「今後キャリアアップできる展望がないから」が、男性33%、女性23%。
ワークライフバランスを重視する若者意識の変化から、長時間労働など働き方改革の遅れが主因と政治家や人事院なども分析しているようですが、実態は異なります。男性の場合は、仕事の魅力や成長できないことが最大の原因なのです。
国家公務員総合職といえば、東大卒などの高学歴者が目指す超エリート職。国の未来を背負って立つ羨望の的の職業だったはず。それが、優秀な若手世代から見放されつつあるのです。その主な退職希望理由が、自己成長やキャリアアップの展望がないからというのですから、まさに国家的な危機と思わざるを得ません。
銀行を早期退職する若者の本音とは
実はこうした事態は、民間企業でも起こっています。高待遇で安定した就職先の代名詞である銀行でも、近年、若手行員の早期離職が目立っています。その理由を管理職層に尋ねると、「最近の若手はストレス耐性が弱い。上司に叱責されるとすぐ辞めてしまう」「給料をもらう立場なのに、組織人の責任を果たさず困る」などの嘆きの声が聴かれます。
そこで、多くの銀行でも人材育成を支援している弊社では、真因調査のため若手転職者にヒアリングを実施。すると、次のような生の声が上がってきたのです。
「資金繰りに苦しむ企業に融資できず、金余りで困ってもいない企業に無理やり融資をお願い、営業する毎日。自分は何のために働いているのか、わからなくなった。」
「地元に貢献したくて地方銀行に就職した。なのに、クレジットや投資信託など、大好きな祖父母に必要のない商品の売り込みばかりさせられる状況に嫌気がさした。」
「金融サービスの枠を越えて顧客のために働きたくなり、コンサルティング会社に転職を決めた。人事からの引き留めは『30代でも支店長に昇進できる人事制度を検討中だから、もう少し我慢しろ』。顧客支援より行内出世しか眼中にない体質に、さらにがっかり。」
いかがでしょう。私は、若手行員の主張のほうが健全で、古い常識で管理しようとする組織側が、有望な人材に見限られているように思えてなりません。組織の経営理念は何か。仕事の真の目的とは何なのか。それが現場のマネジメントに徹底されていないことが、優秀な若者が組織を離反する主因と言えるのです。
収益より大義を掲げるベンチャーに優秀な人材が集まる
これまでの日本型組織は、えてして若者を順応させようとしてきました。しかし、これからは若者の問題意識や力を上手く活かすことで、組織や上司の側が自身の古い殻を破り、より良い未来への変革につなげることが問われてくるのではないでしょうか。
私は、公務員や大企業で起こっている上記のような状況を鑑みるに、これは中小企業にとって優れた人材確保の大きなチャンスだと考えています。なぜなら、官僚組織や巨大なピラミッド組織においては、自らの体質改善は容易ではないからです。
たとえトップが問題に気づき、組織の仕組みや意識を変えようとしても、巨大であるほど急角度での方向転換は困難です。また、サラリーマン経営者の場合には任期があり、組織内で既得権や権威主義を守ろうとする抵抗勢力を相手に、中長期の改革を手がけることは難しいのです。
しかし、オーナー経営者の多い中小企業であれば、経営者さえ本気になれば、早急に改革に着手し、取り組みも徹底できます。経営理念の刷新や組織内への浸透も、大企業よりやりやすいはずです。
最近では、企業理念や事業目的を明示したスタートアップのベンチャー企業に、優秀な若手人材が集まる傾向が見られます。組織の安定性や継続性は未知数でも、仕事で目指す目的や働きがいが可視化され、収益性より社会的な大義を掲げる企業に、未来志向の若者ほど吸い寄せられているのです。
御社の目指すソーシャルインパクトは何ですか?
私が注目し応援している企業の一つに、株式会社ボーダレス・ジャパンがあります。同社の定款前文には、次のように綴られています。「社会の不条理や欠陥から生じる、貧困、差別・偏見、環境問題などの社会問題。それらの諸問題を解決する事業『ソーシャルビジネス』を通じて、より良い社会を築いていくことが株式会社ボーダレス・ジャパンの存在意義であり使命です。」
同社は、社会起業家の卵を募り、そのノウハウ、資金、関係資産をお互いに共有して育て上げ、多彩なソーシャルソリューションを世界中に広げることで、大きな社会インパクトを共創する「社会起業家の共同体」を創ることを目指しています。ビジネスの手法で社会問題を解決する社会起業家を育成する、プラットフォームの役割を果たそうとしているのです。
そして、同社がソーシャルビジネスの成果指標に掲げるのが「ソーシャルインパクト」。解決したい社会問題に対してどれだけインパクトを与えられたかを数値で表したものです。例えば、ミャンマーの貧困農家の自立支援を目的としたハーブ農家育成事業では、現地での「契約農家数」や「借金がなくなった農家の数」などが成果指標です。決して、その事業を通じたビジネス上の売上や利益が成果ではなく、社会問題を解決できた量と質こそが第一義なのです。収益は、あくまでもその目的を継続し広げていくための手段なのです。
そんな同社が自らに課したソーシャルインパクトは、社会起業家・企業の数です。1年間で100社の設立を目指し、10年で1,000社。そのようにして、世界中のあらゆる地域に、その地域課題を解決しようとするローカルソーシャルビジネスが沢山ある世界を創っていくことを、目的に掲げているのです(参考:田口一成著『9割の社会問題はビジネスで解決できる』、PHP研究所、2021年6月発行)。
同社には、そのミッションと取り組みに共感し、自らも社会変革に挑戦する現代の若き志士たちが、多く集い始めています。
このように、志のある若者たちを採用し、自社の発展を目指す経営者は、まず自らが次の問いに答える準備をすることです。「御社の目指すソーシャルインパクトは何ですか?」
その答えを持ち、自分の言葉で語り、実態としても本気でソーシャルインパクトを目指す経営姿勢こそが、中小企業が優秀な若手人材を確保する土台となるのです。

Profile
前川 孝雄
株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。(株)リクルートを経て、2008年に人材育成の専門家集団(株)FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・バワハラ予防講座」「eラーニング・新入社員のはたらく心得」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。(一社)企業研究会 研究協力委員サポーター、情報経営イノベーション専門職大学客員教授、ウーマンエンパワー賛同企業 審査員等も兼職。連載や講演活動も多数。著書は『本物の「上司力」』(大和出版)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)等33冊。最新刊は『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)