第23回 株式会社小杉湯 菅原理之さん
【プロフィール】
採用人事の業務歴:約10年
担当業務:事業計画に合わせた人事計画と人員配置、アルバイト・インターンの採用
小杉湯は1933(昭和8)年に創業した杉並区・高円寺にある老舗銭湯。銭湯内で音楽フェスなどのイベントやオンラインサロンを実施し、注目を集めている。銭湯の建築物は2021年に国の登録有形文化財に登録された。
菅原さんは2019年に外資系広告代理店のプロデューサーから、株式会社SUNDAY FUNDAYの代表取締役へ就任。小杉湯の経営企画として参画している。採用人事としては前職で部署のリーダーとして約6年、小杉湯では約4年携わっている。
採用人事の担当者におすすめしたい3冊は?
◆『離職率75%、低賃金の仕事なのに才能ある若者が殺到する 奇跡の会社 スチューデント・メイドだけが知っている社員全員で成長する方法』
(クリステン・ハディード著、本荘修二監訳、矢羽野薫訳/ダイヤモンド社)
この本を手に取ったのは、小杉湯にジョインして1年ほどが経ち、今後どのような組織づくりをしていくかを考えていた時期でした。
本書には、フロリダ州にある清掃サービス会社の創業者兼CEOのクリステン・ハディードの考えが書かれています。清掃業は一般的に低賃金で離職率が75%と定着率が低い中、同社は中小企業ながら高い定着率と社員のモチベーションを維持してきました。「成績優秀な大学生が自宅やオフィスをお掃除します」をキャッチフレーズにしたクリステン・ハディードは、TEDトークが300万回以上再生されるなど、アメリカで注目される経営者の一人です。
さて、採用に携わっていて苦労することの一つが「(いわゆる)好条件を提示できない事」ではないでしょうか。小杉湯でも、大事な仕事の一つである「掃除」業務の担当者に対して、なかなか好条件が提示できませんでした。この書籍では、どんな報酬を設定すれば人が集まり、成長していけるのかのヒントが示されています。また、シットサンドイッチ方式やFBI(Feeling/Behavior/Impact=気持ち/振る舞い/影響)という印象的なフィードバックの仕方もおすすめです。
クリステン・ハディードの説く「リーダーも弱みを見せて良い」という仕事ぶりに、メンバーと一緒に悩み、失敗しながら、冒険していく大切さを学びました。何より、自分たちの考える「サステイナブルな企業のあり方(株式会社小杉湯のあり方)」を肯定してもらえたように感じ、心強いです。スケールの大きさばかりを目指さず、企業文化を大切にする姿勢を貫き、利用者に価値を届け続けたいと改めて決意しました。
◆『僕のヒーローアカデミア』
(堀越耕平著/集英社)
『週刊少年ジャンプ』(集英社)で2014年から連載されている漫画作品です。2016年にはテレビアニメ化もされました。
同作は主人公の緑谷出久(みどりやいずく)が人々を救う「ヒーロー」を目指す物語です。主人公たちの姿からは、「人は誰かのヒーローである」こと、そして「ヒーローだって完全無欠ではないこと」を教えられます。
この漫画の根幹的なメッセージは、「自分がしてきたことは誰かのためになる。だから強さも弱さも抱えながら信念を持って進むんだ」ということだと思います。こうした考え方は仕事にも応用できるのではないでしょうか。
印象的なのは、作中の著名なヒーローの師匠にあたる志村菜奈というキャラクターのセリフ「どんだけ恐くても『自分は大丈夫だ』っつって笑うんだ 世の中笑ってる奴が一番強いからな」(11巻92話)です。
仕事は、一人で完結するものではありません。いつも笑っている人のそばには、人が集まってきます。周りに人を集められるのは、その人自身の強さ。改めてそのことを認識するとともに、尊敬の念を抱きました。
◆『ゴールデンスランバー』
(伊坂幸太郎著/新潮社)
第21回山本周五郎賞、第5回本屋大賞を受賞した小説で、日本と韓国で映画化もされました。
首相が暗殺され、その犯人に仕立て上げられた主人公が逃走を重ねる、というストーリー。エンタメとして抜群の面白さがあることはもちろん、登場人物たちの軽妙洒脱(けいみょうしゃだつ)な言い回しと一家言が心に残る作品です。
特に、主人公と親友のやり取りが心に残りました。「『人間の最大の武器は何だか知ってるか』『さあ』青柳雅春はハンバーガーに噛み付き、聞き返した。『習慣と信頼だ』」です。
仕事にいきなりレベルアップする手段はありません。チームメンバーを信頼し、託すサイクルを毎日繰り返す。そうすることで、少しずつスタッフも仕事も、ステップアップできるのではないでしょうか。作家・伊坂幸太郎が描いた何気ないセリフから、採用人事の業務で一番大事なことに気づかされました。
【自社での取り組み紹介】互いを信頼して受け入れることで、個性が発揮できる職場へ
銭湯の運営は一人で成り立たせることができない仕事です。小杉湯のスタッフは隣接する会員制シェアスペース「小杉湯となり」で働く人たちも含むと約30名のアルバイトが在籍しています。その年齢層は幅広く、最高齢は70代です。
そんなスタッフ同士の交流で大切にしているのは、仕事ができる・できない以上に、互いに信頼できる相手かを認識することです。銭湯という仕事に熱意はあるか、その世界を一緒に作っていける人物かどうか。ですから、日々の細かな連絡はデジタルツールを使って効率を上げていますが、思いや感情を共有するために顔を合わせる機会も大切にしています。
また、イラストレーターや音楽家といったスタッフの強みを活かしたイベントも開催しています。
「スタッフに個性を発揮してほしい」と願う経営者ほど、「個性を発揮するためのルール」を設定しがちですが、それは逆効果ではないでしょうか。ルールや仕組みばかりが先行すると、その場に自分の個性が受容されているという感覚が薄くなり、自発的に従業員がコトを起こすことが少なくなると思います。
大切なのは「受容」です。相手の思いや感情を、顔を合わせる機会を通じて感じ取り、信頼して受け入れる。それが、個性の発揮できる職場づくりにつながっていくのだと思います。
TEXT:ゆきどっぐ
EDITING:Indeed Japan +ノオト